Akita Column 未分類
> 新秋田県立美術館の入館者数が予想を上回る減少(2014.4.29)

<< topページへ
<< 「ユニークな美術館」として全国87の美術館の一つとして評価されていた、秋田市の平野政吉美術館 (2014.6.23)へTOP平野政吉氏に出会った人々の思い出。へ >>
2014.05.29
 新築された秋田県立美術館の入館者が、本オープンの昨年9月末以来、10月、11月こそ、地元メディアの膨大な報道、テレビの特集番組の放送(3局),JR東日本の「秋田の行事」PRのためのテレビCMなどの影響により、来館者を集めることができたが、その後は、順調?に数を減らし続け、先月は、5900人ほどの入館者しか集められなかったという。一日平均200人足らずといったところか。

 なかいち商業施設の総合食品売り場運営会社が契約解除したことについて、大きく報道された一方で、隣りに建てられた新美術館も、予想以上の早さで、来館者を減らし続けていたのである。

 秋田市中央街区に、にぎわいを創出する目的の再開発事業によって、公金112億円を投入し、4つの新しい建物を建てて以来、僅か1年半でこの有り様である。
  
 「県立美術館の入館者は本オープン後、順調に推移。昨年10、11月はそれぞれ2万人を超え、11月23日に5万人に達した。しかし、その後は12月と今年1月が1万4千人前後、2月7649人、3月5903人と減少」(2014年4月21日、秋田魁新報)

 県教育庁生涯学習課では「10~12月の秋田デスティネーションキャンペーン(DC)以降、冬季の落ち込みが予想以上に大きかった」(2014年4月21日、秋田魁新報)としている。


 秋田デスティネーションキャンペーン(DC)当時の膨大な宣伝も、今後は期待できないだろうし、当初、2~3年で飽きられ入館者が激減すると予測していたが、それを上回る早さで、入館者が減少しそうである。

 画家・藤田嗣治が壁画「秋田の行事」をどう見せたかったのか。その思いが伝わらない美術館を建てた責任は、誰がどう取るのだろうか。
 藤田嗣治の細かい助言を受け建てられた、「秋田の行事」に最適であった、魅力的な美術館を閉館させて、「秋田の行事」を移した責任は、誰がどう取るのだろうか。



関連記事
スポンサーサイト



藤田嗣治は、壁画「秋田の行事」が完成した当時から、美術館は、自然光による採光形式にしたいという意向を持っていた。
1963年、平野政吉の親族に渡した美術館のイメージ図にも、壁画を大空間に展示し、上方から自然光を取り入れるよう描かれている。
1966年5月、美術館建設の報告に訪れた平野政吉に、美術館の屋根は採光の形式にするよう、助言している。

(参照 … 発見された「幻の藤田美術館」の設計図と、現県立美術館への藤田の助言を示すメモと手紙
平野政吉美術館(秋田県立美術館)の採光について
開催中の企画展「藤田嗣治の祈り 平野政吉の夢」 …… 「なぜ この美術館が閉館なのか?」という疑問

(2015年9月)



新県立美術館に移された「秋田の行事」を観た方々から、

以前より展示室が狭くなった。
「秋田の行事」が、窮屈で縮んで見える。
階上の左右から見ることが出来なくなった。
照明の照り返しがきつい。
2階から見ると目線から高すぎる。3階から眺めると壁画が低すぎる。
展示室に奥行きがなく、この壁画の迫力が全く感じられない。
以前は圧倒するほどの存在感があったが、この絵の輝きが失われた。
新しい建物の現代的な感じと秋田の行事が違和感ある。
あそこへ行きさえすれば、という大きな拠り所が失われた。

などの声が上がっています。
(2014年2月)




 「秋田の行事」は8月31日に、平野政吉と藤田嗣治が一体となり建てた現県立美術館(平野政吉美術館)から移設されました。これは、世界に誇れる貴重な文化遺産を崩壊させる、非常に愚かな行為であり、一秋田県民として、強く非難致します。
(2013年8月31日)



 現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、建物を活用を検討していながら、2013年6月30日で閉館扱いとなりました。
 平野政吉と藤田嗣治が一体になり、実現させた現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、後世の人々、美術愛好家、若者達、藤田嗣治ファンのためにも残すべきです。
(2013年8月1日)



 現秋田県立美術館(平野政吉美術館)の大展示室は、「秋田の行事」のためにレオナール・フジタ(藤田嗣治)が助言したものです。
 

 ― 藤田は、「秋田の行事」を礼拝堂のような大空間で観るよう助言し、建物の上方から自然光を採り入れ、壁画に降り注ぐよう助言しました。また、壁画を床から1.8メートルの位置に上げ、両端を少しずつせり出して据え付けたのも、臨場感を狙い、藤田がこの絵に最も良い展示方法を指示したものです。藤田の理念が強く反映されている美術館、展示室は後世に伝えていくべきです。
(2013年5月15日)


関連記事
平野政吉美術館の大展示室と藤田嗣治「秋田の行事」 ~ 永遠に

秋田県立美術館(平野政吉美術館)の閉館、大壁画「秋田の行事」展示室の閉鎖及び「秋田の行事」、藤田嗣治作品の移転について
美の巨人たち 藤田嗣治 「秋田の行事 」 ― 視聴出来なかった秋田県の方々に、一部誌上再現!
現秋田県立美術館(平野政吉美術館)に展示されている藤田嗣治「秋田の行事」


お薦め記事 … 郷土・秋田の文化遺産を継承する会
ご挨拶 … 現秋田県立美術館(平野政吉美術館)を、藤田嗣治「秋田の行事」、藤田嗣治作品の恒久的な展示、鑑賞の場に
平野政吉と藤田嗣治の交友の歴史
現秋田県立美術館(平野政吉美術館)の丸い採光窓

提言:新秋田県立美術館は、収蔵作品を持たない企画展に特化した美術館にすべきである。
現秋田県立美術館の展示室が優れているこれだけの理由


ブログランキング・にほんブログ村へ   にほんブログ村 ニュースブログ 時事ニュースへ


  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Yahoo!ブックマークに登録



  • 2014.05.29(09:00)|未分類||TOP↑
    プロフィール

    akitacolumn

    Author:akitacolumn
    秋田市在住
    性別 : 男

    カレンダー
    06 | 2017/07 | 08
    - - - - - - 1
    2 3 4 5 6 7 8
    9 10 11 12 13 14 15
    16 17 18 19 20 21 22
    23 24 25 26 27 28 29
    30 31 - - - - -
    ブログランキング
    メール
    My Yahoo!
    My Yahoo!に追加
    最新記事
    全記事表示リンク
    最新記事②
    Twitter
    サイト内ランキング
    hatena bookmark
    タグ

    マドレーヌ 再開発 郷愁 入館者数 丸窓 藤田嗣治への旅 秋田 平野政吉コレクション 秋田の全貌 秋田県記念館 美術館の価値 美の巨人たち 学芸員 美術館 公共施設 巴里の昼と夜 レオナール・フジタ 秋田県 秋田市中通再開発 市民 カーニバルの後 現代壁画論 現県立美術館 地を泳ぐ 十和田市現代美術館 詩の国秋田 ルーブル美術館新館 相乗効果 (公財)平野政吉美術財団 藤田嗣治「秋田の行事」展示館 現代アート 新秋田県立美術館 都市公園 秋田市中通 建築家 耐用年数 ルーブル美術館別館 藤田嗣治 歴史的建造物 平野政吉 藤田嗣治「秋田の行事」 久保田城 藤田の思い、メッセージ 現代日本 にぎわい交流館 秋田駅前 秋田県立美術館 北の丸公園 文化ゾーン 御隅櫓 幻の藤田美術館 ルーブル美術館 共存 SANAA 神奈川県立近代美術館鎌倉館 乳白色の下地 SANAA 平和の聖母礼拝堂 壁画 秋田市 現秋田県立美術館 安藤忠雄講演会 再開発事業 文化的価値 魅せられたる河 新県立美術館 自然光 金沢21世紀美術館 佐竹史料館 眠れる女 市民公園 千秋公園 欧人日本へ渡来の図 ミュージカル 秋田の行事 花鳥図 平野政吉美術館 銀座コロンバン天井画 課題山積県 ニューヨーク近代美術館新館 巴里の横顔 県民の声 

    カテゴリ
    秋田の文化遺産を考える
    このブログをリンクに追加する
    リンク
    FC2ブログランキング
    フリーエリア
    Bダッシュ
    月別アーカイブ
    RSSリンクの表示
    QRコード
    QR
    お知らせ
    ※ 掲載の記事、写真等の無断転載を禁止します。