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> 「秋田の行事」、平野政吉美術館を賞賛した著名人達

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2013.06.13
 1930年代、藤田嗣治は、20年近く居たパリを離れ、ブラジル、アルゼンチン、ボリビア、ペルー、メキシコなどの中南米を旅し、国内では、東北、日本海側、沖縄、さらに、中国、東南アジアを旅した。
 藤田は、ヨーロッパとは異なる文化に触れ、非ヨーロッパ的世界に暮らす人々の営みを躍動的に色彩豊かに描き上げた。
 この時代の藤田の作品について、美術評論家の清水敏男さんは、

 「フジタは日本の風物、北京の人間、沖縄の生活を描いたが、その絶頂に位置するのが秋田の平野邸で描いた《秋田年中行事》(1937年、秋田・平野政吉美術館蔵)であろう。この時期フジタは東京、大阪、京都の各地で壁画を描いているが、その規模といい内容といい秋田の壁画に匹敵するものはない」(1988年、レオナール・フジタ展図録)

と、平野政吉美術館の「秋田の行事」を絶賛している。さらに平野政吉美術館では、北京の風俗を描いた「北平の力士」、沖縄の人々を描いた「客人(糸満)」も展示、公開している。

 さらに、1967年(昭和42年)に開館した平野政吉美術館について、「藤田嗣治芸術試論」(三好企画、2004年)の著者、夏掘全弘さんは

「 …… 西展示室及び小展示室の素描や日本画の線の骨組みが、おのずから大展示室において数多くの大作に開花するプロセスが大自然のハーモニーのように無理なく見られ、世界の巨匠フジタの力量を存分に見せてくれる」(「藤田嗣治芸術試論」三好企画、2004年、450ページ)

と、賞賛している。

 藤田の助言を受けた礼拝堂を思わせる大空間、天井からの採光形式など、顕著な特徴を持つ平野政吉美術館だが、藤田嗣治研究の第一人者たちからも賞賛された美術館なのである。

 この美術館から「秋田の行事」など、藤田作品を移してよいのか。
 秋田県は、この美術館の展示室を6月末で閉じるつもりのようだが、先人が悲しみ、後の世の人から批判され惜しまれるような愚かな行為は、止めるべきであると痛切に思う。




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藤田嗣治は、壁画「秋田の行事」が完成した当時から、美術館は、自然光による採光形式にしたいという意向を持っていた。
1963年、平野政吉の親族に渡した美術館のイメージ図にも、壁画を大空間に展示し、上方から自然光を取り入れるよう描かれている。
1966年5月、美術館建設の報告に訪れた平野政吉に、美術館の屋根は採光の形式にするよう、助言している。

(参照 … 発見された「幻の藤田美術館」の設計図と、現県立美術館への藤田の助言を示すメモと手紙
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(2015年9月)



新県立美術館に移された「秋田の行事」を観た方々から、

以前より展示室が狭くなった。
「秋田の行事」が、窮屈で縮んで見える。
階上の左右から見ることが出来なくなった。
照明の照り返しがきつい。
2階から見ると目線から高すぎる。3階から眺めると壁画が低すぎる。
展示室に奥行きがなく、この壁画の迫力が全く感じられない。
以前は圧倒するほどの存在感があったが、この絵の輝きが失われた。
新しい建物の現代的な感じと秋田の行事が違和感ある。
あそこへ行きさえすれば、という大きな拠り所が失われた。

などの声が上がっています。
(2014年2月)




 「秋田の行事」は8月31日に、平野政吉と藤田嗣治が一体となり建てた現県立美術館(平野政吉美術館)から移設されました。これは、世界に誇れる貴重な文化遺産を崩壊させる、非常に愚かな行為であり、一秋田県民として、強く非難致します。
(2013年8月31日)



 現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、建物を活用を検討していながら、2013年6月30日で閉館扱いとなりました。
 平野政吉と藤田嗣治が一体になり、実現させた現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、後世の人々、美術愛好家、若者達、藤田嗣治ファンのためにも残すべきです。
(2013年8月1日)



 現秋田県立美術館(平野政吉美術館)の大展示室は、「秋田の行事」のためにレオナール・フジタ(藤田嗣治)が助言したものです。
 

 ― 藤田は、「秋田の行事」を礼拝堂のような大空間で観るよう助言し、建物の上方から自然光を採り入れ、壁画に降り注ぐよう助言しました。また、壁画を床から1.8メートルの位置に上げ、両端を少しずつせり出して据え付けたのも、臨場感を狙い、藤田がこの絵に最も良い展示方法を指示したものです。藤田の理念が強く反映されている美術館、展示室は後世に伝えていくべきです。
(2013年5月15日)


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