Akita Column 評論
> 政治的建設といえる新秋田県立美術館の建設

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2013.04.12
 秋田市の千秋公園の入口、大手門の堀に面した場所にある、流れるような双曲線の屋根が特徴の現在の秋田県立美術館(平野政吉美術館)について、秋田県が秋田市と建物の活用に関する協議をしているとの新聞記事が少し前にあった。
 昨年6月に完成した新秋田県立美術館は、現在の県立美術館が、老朽化して耐震補強工事もしないという理由で建設された。しかし今になって、建物の活用を協議しているということは、現在の美術館が使用可能な状態にあるということを公に認めているわけであり、新県立美術館の建設は一体何のためであったのかということになる。
 中通一丁目の再開発地区に新県立美術館を建てるという計画は、現県立美術館にある、財団法人平野政吉美術館(現公益財団法人平野政吉美術財団)が所有する藤田嗣治作品を、再開発地区のにぎわいづくりに利用したいという思惑からスタートとしていると言われるが、再開発地区は現在の県立美術館と200メートルしか離れておらず、現在の県立美術館を含めたエリア全体の調和の取れた街づくり、にぎわいの創造などが考えられて当然だが、当初からそれがなかった。
 そもそもこの新県立美術館建設は、県民サイドのニーズや美術関係者のニーズから始まったものではなく、秋田県と秋田市の強大な行政権を持つ、二つの自治体の首長によって持ち込まれた、極めて政治的な建設だったと言える。
 当時の秋田市長で現県知事である佐竹敬久氏がその中心的人物であったことは疑いようがないことだ。しかもこの計画には、千秋公園内にある某施設の県立美術館跡地への移築も同時に画策されており、複雑な様相を呈したものだった。
 財団法人平野政吉美術館(現公益財団法人平野政吉美術財団)が、当時、理事会で移転受け入れを決めた際、財団は、「これ以上待たせると行政に迷惑をかけるから」という極めて消極的な理由で採決し受け入れている。まさに県、市の圧力に屈した格好の受け入れだったと言える。当時の地元紙の社説でも「極めて政治的色彩の濃い決着が図られたといっていいだう」(2008年3月25日、秋田魁新報)と指摘していた。
 当初、移転を原則反対であるとしていた財団法人平野政吉美術館(現平野政吉美術財団)が移転受け入れを決定した際には、多くの県民、市民が強い衝撃を受け、地元紙の読者欄ではある人が「何かフェアでないやり方で決められてしまった」(2008年9月22日、秋田魁新報)と憤り、またある人はブログで「いかほど“握らされた”ものか」と真偽はわからないが記していたほどだった。
 地方自治において、住民のきめ細かな要望をかなえるために、首長には行政権が与えられているはずである。公共文化施設についても、住民のニーズについて、きめ細かな調査、把握が必要なはずだ。
 新県立美術館建設は、首長の行政権の行使の在り方に大きな問題を残した、県民、市民が望んでいない、まさに政治的な建設であったと言える。
 このような形で、県民の大きな祝福の中、県内初の美術館P1010417 平野政吉美術館(2011年7月)800x600-新2として建設された現在の県立美術館(平野政吉美術館)から、その核であり魂でもある大壁画「秋田の行事」や他の藤田作品を、政治的に建設された新県立美術館に移してよいのか。
 400年後の画壇に評価されることを意識し作品を残した藤田嗣治、美術館建設に人生を懸けた平野政吉が悲しむことだろう。
 平野政吉と藤田嗣治の交友の歴史の中から生まれた現在の県立美術館(平野政吉美術館)は後世に末永く伝えていくべきである。 



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藤田嗣治は、壁画「秋田の行事」が完成した当時から、美術館は、自然光による採光形式にしたいという意向を持っていた。
1963年、平野政吉の親族に渡した美術館のイメージ図にも、壁画を大空間に展示し、上方から自然光を取り入れるよう描かれている。
1966年5月、美術館建設の報告に訪れた平野政吉に、美術館の屋根は採光の形式にするよう、助言している。

(参照 … 発見された「幻の藤田美術館」の設計図と、現県立美術館への藤田の助言を示すメモと手紙
平野政吉美術館(秋田県立美術館)の採光について
開催中の企画展「藤田嗣治の祈り 平野政吉の夢」 …… 「なぜ この美術館が閉館なのか?」という疑問

(2015年9月)



新県立美術館に移された「秋田の行事」を観た方々から、

以前より展示室が狭くなった。
「秋田の行事」が、窮屈で縮んで見える。
階上の左右から見ることが出来なくなった。
照明の照り返しがきつい。
2階から見ると目線から高すぎる。3階から眺めると壁画が低すぎる。
展示室に奥行きがなく、この壁画の迫力が全く感じられない。
以前は圧倒するほどの存在感があったが、この絵の輝きが失われた。
新しい建物の現代的な感じと秋田の行事が違和感ある。
あそこへ行きさえすれば、という大きな拠り所が失われた。

などの声が上がっています。
(2014年2月)




 「秋田の行事」は8月31日に、平野政吉と藤田嗣治が一体となり建てた現県立美術館(平野政吉美術館)から移設されました。これは、世界に誇れる貴重な文化遺産を崩壊させる、非常に愚かな行為であり、一秋田県民として、強く非難致します。
(2013年8月31日)



 現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、建物を活用を検討していながら、2013年6月30日で閉館扱いとなりました。
 平野政吉と藤田嗣治が一体になり、実現させた現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、後世の人々、美術愛好家、若者達、藤田嗣治ファンのためにも残すべきです。
(2013年8月1日)



 現秋田県立美術館(平野政吉美術館)の大展示室は、「秋田の行事」のためにレオナール・フジタ(藤田嗣治)が助言したものです。
 

 ― 藤田は、「秋田の行事」を礼拝堂のような大空間で観るよう助言し、建物の上方から自然光を採り入れ、壁画に降り注ぐよう助言しました。また、壁画を床から1.8メートルの位置に上げ、両端を少しずつせり出して据え付けたのも、臨場感を狙い、藤田がこの絵に最も良い展示方法を指示したものです。藤田の理念が強く反映されている美術館、展示室は後世に伝えていくべきです。
(2013年5月15日)


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提言:新秋田県立美術館は、収蔵作品を持たない企画展に特化した美術館にすべきである。
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