Akita Column 評論
> 失われた「文化の殿堂」、秋田県記念館

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2012.02.15
 秋田市千秋公園入口高台の県民会館がある場所に、1960年(昭和35年)まで、ルネサンス様式建築の格調高い建物、秋田県記念館(正式名称、大正天皇御即位記念会館)があった。「文化の殿堂」、「秋田のシンボル」と称されたこの建物は、当時を知る市民に、あの建物が残っていれば貴重な近代文化遺産になっていただろうにと今も惜しまれている。建物の設計には、明治・大正時代、日本建築界の重鎮と言われた辰野金吾が顧問として参加している。辰野金吾は東京駅(国指定重要文化財、1914年《大正3年》竣工)、日本銀行本店(国指定重要文化財、1896年《明治29年》竣工)やお隣り岩手県の旧岩手銀行本店本館(国指定重要文化財、1911年《明治44年》竣工)などを設計している。秋田県記念館は、特徴的なドーム屋根を中央にした、左右対称の木造2階建、ヨーロッパ風のルネサンス様式の建物であった。大ホールを有していたので、演奏会、美術展、講演会、スポーツなどのイベントにも利用され、多くの市民に愛されていた。戦後の高度経済成長期に、老朽化を理由に取り壊され、コンクリート造りの在り来たりの、今の県民会館に変わってしまったのである。秋田では古い建物が次々に取り壊され、姿を消してしまったようだ。お隣りの山形県とは対照的である。山形では、旧山形県庁舎(国指定重要文化財、1916年《大正5年》竣工)、 旧山形県会議事堂(国指定重要文化財、1916年《大正5年》竣工)、 山形県立博物館教育資料館(国指定重要文化財、1901年《明治34年》竣工)など多くの明治以降の近代建築が今も大切に保存されている。秋田では古き良き建物、文化を大切にするという意識が乏しく、人々に根付いていないのだろうか。行政が先頭に立ち、古き良きものを大切にする意識を持って欲しいものである。かつて秋田県記念館があった場所の向かい側に、1967年(昭和42年)に建設された平野政吉美術館(秋田県立美術館)がある。この特徴的なデザインの建物も、収蔵されている平野コレクションとともに長く保存されることにより、昭和の文化遺産として、価値を高めていくはずである。


  


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藤田嗣治は、壁画「秋田の行事」が完成した当時から、美術館は、自然光による採光形式にしたいという意向を持っていた。
1963年、平野政吉の親族に渡した美術館のイメージ図にも、壁画を大空間に展示し、上方から自然光を取り入れるよう描かれている。
1966年5月、美術館建設の報告に訪れた平野政吉に、美術館の屋根は採光の形式にするよう、助言している。

(参照 … 発見された「幻の藤田美術館」の設計図と、現県立美術館への藤田の助言を示すメモと手紙
平野政吉美術館(秋田県立美術館)の採光について
開催中の企画展「藤田嗣治の祈り 平野政吉の夢」 …… 「なぜ この美術館が閉館なのか?」という疑問

(2015年9月)



新県立美術館に移された「秋田の行事」を観た方々から、

以前より展示室が狭くなった。
「秋田の行事」が、窮屈で縮んで見える。
階上の左右から見ることが出来なくなった。
照明の照り返しがきつい。
2階から見ると目線から高すぎる。3階から眺めると壁画が低すぎる。
展示室に奥行きがなく、この壁画の迫力が全く感じられない。
以前は圧倒するほどの存在感があったが、この絵の輝きが失われた。
新しい建物の現代的な感じと秋田の行事が違和感ある。
あそこへ行きさえすれば、という大きな拠り所が失われた。

などの声が上がっています。
(2014年2月)




 「秋田の行事」は8月31日に、平野政吉と藤田嗣治が一体となり建てた現県立美術館(平野政吉美術館)から移設されました。これは、世界に誇れる貴重な文化遺産を崩壊させる、非常に愚かな行為であり、一秋田県民として、強く非難致します。
(2013年8月31日)



 現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、建物を活用を検討していながら、2013年6月30日で閉館扱いとなりました。
 平野政吉と藤田嗣治が一体になり、実現させた現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、後世の人々、美術愛好家、若者達、藤田嗣治ファンのためにも残すべきです。
(2013年8月1日)



 現秋田県立美術館(平野政吉美術館)の大展示室は、「秋田の行事」のためにレオナール・フジタ(藤田嗣治)が助言したものです。
 

 ― 藤田は、「秋田の行事」を礼拝堂のような大空間で観るよう助言し、建物の上方から自然光を採り入れ、壁画に降り注ぐよう助言しました。また、壁画を床から1.8メートルの位置に上げ、両端を少しずつせり出して据え付けたのも、臨場感を狙い、藤田がこの絵に最も良い展示方法を指示したものです。藤田の理念が強く反映されている美術館、展示室は後世に伝えていくべきです。
(2013年5月15日)


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