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> 旧・秋田県立美術館(旧平野政吉美術館)への市民の思い (2017.10.19)

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2017.11.17
 旧・秋田県立美術館 (旧平野政吉美術館)は、平成22年2月の秋田県議会で、県知事が、「政治決断」 であると言明し、再開発事業の中で中通一丁目地区に移転新築された。

 ところが、最近、老朽化のため移転されたはずの、旧・秋田県立美術館 (旧平野政吉美術館) の建物だけを、秋田市に譲渡する意向であるとの報道がされている。

 移転前、旧・県立美術館 (旧平野政吉美術館) 収蔵の大壁画 「秋田の行事」 を含む一連の藤田嗣治作品群と、美術館の建物自体が一体的な文化価値があり、移転すべきではないと、多くの県民・市民が訴えていた。

 今回の市への譲渡という話は、県や県議会において、旧・県立美術館 (旧平野政吉美術館) の価値について正しい認識がされないまま、あるいは意図的にしないまま、新築工事だけが進められ、新県立美術館完成の後に、旧・県立美術館の建物の価値を認めたことを意味している。

 これでは、美術館を移転する明瞭な根拠が本当にあったのか、ということになる。

 何という不誠実で、悠長で、県民の血税を預かる意識が希薄で、経済観念の乏しい県行政、県議会であるのか。
 税金が全くの無駄に使われたと言える。

 県知事のいう 「政治決断」 とは、当然、結果に対する責任を伴うものである。県民の税金が無駄に使われたことに対する責任をしっかりと取るべきである。

 藤田嗣治の大壁画 「秋田の行事」 が、新築された県立美術館に移された後でも、新聞紙上などでは、次のような声が秋田市民から聞こえている。

「 (秋田の行事が) 旧美術館の広いホールから狭く上からのぞかれるようなところに移され、さぞ息が息が詰まっているのではと憂えている」 (2014年12月27日、秋田魁新報 「声の十字路」 より)

「大壁画 『秋田の行事』 の窮屈さを指摘した投稿があり、私も同じ思いを持った。できることなら旧美術館を整備して壁画を元に戻してほしいと切に願っている。整備に多少の出費はあるだろうが、後年必ず良かったと思う日がくる」 (2015年1月20日、秋田魁新報 「声の十字路」 より)

「旧県立美術館を利活用するための一番いい方法は、藤田嗣治の『秋田の行事』を元の場所に戻すことです。現県立美術館の 『秋田の行事』 を展示している二階展示室は、狭い、小さい、床が硬い、光が反射するなど超一級の絵画を鑑賞するには悪条件が重なり、さらに美術館そのものの面積が狭く、他の美術作品も展示してあり、 『秋田の行事』 をゆっくりと鑑賞する事ができません。…(中略)…最適な展示場所として作られたのが、旧県立美術館ですので、当然ですが、もう一度元に戻しましょう」 (秋田市のパブリックコメントに寄せらた市民の声より)

 秋田市民から、旧・県立美術館 (旧平野政吉美術館) に 「秋田の行事」 を戻してほしい。戻すべきだという声が多数聞かれる。

 旧・県立美術館 (旧平野政吉美術館) の大ホール (広さ550平方メートル、天井高18メートル) は、残された手紙、資料、平野政吉氏本人の証言から、藤田嗣治の意向を反映し、作られたことがことが分かっており、大壁画「秋田の行事」の展示に最適な場所であることは明白だ。

 昭和13年に着工され、その後中止された最初の美術館については、あくまで、その時代の藤田の意向が反映されたものであったが、昭和42年完成した旧・県立美術館 (旧平野政吉美術館) には、最晩年の藤田の意向が強く反映されていることは言うまでもない。

 それは、平野氏の親族が、パリ郊外の藤田を訪れ、藤田のアドバイスを受けている事実、平野氏の証言と建物の佇まいが一致していることによって、実証されている。

 藤田嗣治は、400年後に作品の真価が分かるはずだと平野政吉氏に語っていたと言う。(注) その壮大な夢と藤田の思いが込められた 「秋田の行事」 の展示場所として、次世代に残すべき美術館は、藤田の意向が反映されている、旧・県立美術館 (旧平野政吉美術館) であったはずだ。

 県や市に、旧・秋田県立美術館 (旧平野政吉美術館) を利活用するという意志があるのなら、冷静に、後世のために残すべき、最善の方法は何なのかを判断するべきである。

 「秋田の行事」の展示館として、美術愛好家や後世の秋田県民、市民のために残すのが最善の方法である。

 それ以外の利用は邪道と言えるだろう。



(注) 藤田嗣治は、「自分の仕事は、400年後の世界の画壇にその真価を問うものだ、必ず、そうなる」 (1977年 《昭和52年》、藤田嗣治展図録より) と平野に語り、大壁画「秋田の行事」の完成後に、「四百年後に、再びこの壁画の前に立ってみたい」 (1983年 《昭和58年》 1月9日、朝日新聞「平野政吉『聞き書き わがレオナルド藤田』」) と語っている。



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藤田嗣治は、壁画「秋田の行事」が完成した当時から、美術館は、自然光による採光形式にしたいという意向を持っていた。
1963年、平野政吉の親族に渡した美術館のイメージ図にも、壁画を大空間に展示し、上方から自然光を取り入れるよう描かれている。
1966年5月、美術館建設の報告に訪れた平野政吉に、美術館の屋根は採光の形式にするよう、助言している。

(参照 … 発見された「幻の藤田美術館」の設計図と、現県立美術館への藤田の助言を示すメモと手紙
平野政吉美術館(秋田県立美術館)の採光について
開催中の企画展「藤田嗣治の祈り 平野政吉の夢」 …… 「なぜ この美術館が閉館なのか?」という疑問

(2015年9月)



新県立美術館に移された「秋田の行事」を観た方々から、

以前より展示室が狭くなった。
「秋田の行事」が、窮屈で縮んで見える。
階上の左右から見ることが出来なくなった。
照明の照り返しがきつい。
2階から見ると目線から高すぎる。3階から眺めると壁画が低すぎる。
展示室に奥行きがなく、この壁画の迫力が全く感じられない。
以前は圧倒するほどの存在感があったが、この絵の輝きが失われた。
新しい建物の現代的な感じと秋田の行事が違和感ある。
あそこへ行きさえすれば、という大きな拠り所が失われた。

などの声が上がっています。
(2014年2月)




 「秋田の行事」は8月31日に、平野政吉と藤田嗣治が一体となり建てた現県立美術館(平野政吉美術館)から移設されました。これは、世界に誇れる貴重な文化遺産を崩壊させる、非常に愚かな行為であり、一秋田県民として、強く非難致します。
(2013年8月31日)



 現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、建物を活用を検討していながら、2013年6月30日で閉館扱いとなりました。
 平野政吉と藤田嗣治が一体になり、実現させた現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、後世の人々、美術愛好家、若者達、藤田嗣治ファンのためにも残すべきです。
(2013年8月1日)



 現秋田県立美術館(平野政吉美術館)の大展示室は、「秋田の行事」のためにレオナール・フジタ(藤田嗣治)が助言したものです。
 

 ― 藤田は、「秋田の行事」を礼拝堂のような大空間で観るよう助言し、建物の上方から自然光を採り入れ、壁画に降り注ぐよう助言しました。また、壁画を床から1.8メートルの位置に上げ、両端を少しずつせり出して据え付けたのも、臨場感を狙い、藤田がこの絵に最も良い展示方法を指示したものです。藤田の理念が強く反映されている美術館、展示室は後世に伝えていくべきです。
(2013年5月15日)


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提言:新秋田県立美術館は、収蔵作品を持たない企画展に特化した美術館にすべきである。
現秋田県立美術館の展示室が優れているこれだけの理由


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