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2014.12.23
 秋田県知事、佐竹氏が、新築された県立美術館への移転によって、空になっている(旧)県立美術館について、「いい利用法が見つからない場合は外観だけ残すか、解体するのが筋だ」 (2014年12月17日、秋田魁新報) と発言したとのことだ。

 一方、地元紙のコラムによれば、「張りぼてでは天下に無策ぶりをさらすことにならないか。まずは『いい利用法』を見つけることが筋だろう」 (2014年12月18日、秋田魁新報「北斗星」) としており、珍しく反論を記述している。

 一体、この知事に、(旧)県立美術館に関して、「 ~ が筋だ」 という筋論を言う資格があるのだろうか。

 この(旧)県立美術館を現地改修するか否かを、客観的に判断するために、老朽化検査や耐震診断を実施するのが、正当な道筋、手順であるのに、再開発事業の一環として、巨額の公費を投入し、新築の美術館を完成させた後に、県民の要望が高いからという理由で、今頃、耐震診断を実施しているなど、筋違いが甚だしい。

 また、2007年11月に、財団法人・平野政吉美術館 (当時) に美術館移転を要請した際 (この時は寺田前知事であった) 、平野政吉美術館 (当時) が求めた耐震診断を、県は、結局、実施しなかったが、その理由が 「県は今日的社会的要請に応えた新しい美術館を建てることを構想しているのであり耐震診断結果の必要性や費用によって構想が変わるものではない」 (平成20年3月28日、週刊アキタ) からだとのことだ。一体、誰の、どんな要請があったというだろうか。

 県知事の、(旧)県立美術館について、「外観だけ残すか、解体するのが筋だ」という発言は、説得力が全くないばかりか。天下に認識の欠如をさらす発言だろう。

 また、魁紙のコラムの記事に同調するように、「県と市がお互いに負担の少ない形で建物を再利用するのも一つの選択肢」 (2014年12月17日、秋田魁新報) と語ったとのことだ。

 そもそも、この知事は、2007年、秋田市長当時に、県立美術館(旧)の跡地を念頭にし、市が管理する千秋公園内の某施設について、「県立美術館跡地における改築も視野に、別途検討を要する」と市議会で発言している。

 道義的に問題あるこの企ては、その後、頓挫したとも伝えられているが、未だに、そのような意図が、闇の中で続いているだろうか。
 
 以前からこのブログで主張しているように、(旧)県立美術館の建物は、 「秋田の行事」展示館 として、後世に伝えるのが最も自然な、最善の利用法である。

 高さ約18メートルの天井高、約550平方メートルの大空間の展示室は、壁画「秋田の行事」の展示のために、藤田嗣治の助言を取り入れ、設計されたものだ。(平野政吉の新聞、雑誌での証言のほか、藤田の助言を示すメモ、手紙が残されている。 《参照》 藤田嗣治の助言、指示が明確になった現県立美術館(平野政吉美術館) ― この美術館の閉館、移転は愚行である。 発見された「幻の藤田美術館」の設計図と、現県立美術館への藤田の助言を示すメモと手紙 開催中の企画展「藤田嗣治の祈り 平野政吉の夢」 …… 「なぜ この美術館が閉館なのか?」という疑問
 これ以外の使用は邪道だろう。

 また、「秋田の行事」展示を中心とした、「県立美術館・本館」として残すのも良いのではないか。

 (旧)県立美術館の延床面積は2,860㎡、新県立美術館は、3,746.66㎡となっている。合計しても6,606.66㎡しかない。他県の美術館の延床面積と比較し、青森県立美術館の15,837.41㎡、岩手県立美術館の13,000㎡、宮城県美術館の15,120㎡(本館 12,130㎡、佐藤忠良記念館 2,990㎡)と比べても、かなり狭い状況にある。

 宮城県美術館が本館、佐藤忠良記念館となっている例と同様に、旧館を本館(あるいは別館)、新築した美術館を新館として、2館を併用すれば、建物の有効利用になるはずだし、観光や県民の文化振興等にもより効果が増すだろう。

 また、新県立美術館のラウンジから、水面越しに旧館が象徴的に映し出されているが、設計した安藤忠雄氏自らが講演会で、「旧美術館と、関わった人たちの情熱を県民に忘れないでほしいと思い、水面を挟み新旧美術館が対となるようにした」 (2013年9月8日、秋田魁新報) と語っていた事実もあり、2館の併用は、設計者の意図にも合致するのではないか。
       
 その際、熊のための慈善事業としか思えない豪華飼育施設を、3億5千万円もかけ建設した秋田県に、費用対効果などの「コスト論」をいう資格はないことを、当然、自覚すべきであることを申し添えたい。



<関連記事>
藤田嗣治の助言、指示が明確になった現県立美術館(平野政吉美術館) ― この美術館の閉館、移転は愚行である。
発見された「幻の藤田美術館」の設計図と、現県立美術館への藤田の助言を示すメモと手紙
開催中の企画展「藤田嗣治の祈り 平野政吉の夢」 …… 「なぜ この美術館が閉館なのか?」という疑問

「秋田の行事」を鑑賞できず苦情が殺到 ― 解決策は、旧来の県立美術館を「藤田嗣治『秋田の行事』展示館」として利用すること
平野政吉美術館(秋田県立美術館)の採光について


<参考記事>
平野政吉、1955年(昭和30年)開催「平野コレクション展」での挨拶



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藤田嗣治は、壁画「秋田の行事」が完成した当時から、美術館は、自然光による採光形式にしたいという意向を持っていた。
1963年、平野政吉の親族に渡した美術館のイメージ図にも、壁画を大空間に展示し、上方から自然光を取り入れるよう描かれている。
1966年5月、美術館建設の報告に訪れた平野政吉に、美術館の屋根は採光の形式にするよう、助言している。

(参照 … 発見された「幻の藤田美術館」の設計図と、現県立美術館への藤田の助言を示すメモと手紙
平野政吉美術館(秋田県立美術館)の採光について
開催中の企画展「藤田嗣治の祈り 平野政吉の夢」 …… 「なぜ この美術館が閉館なのか?」という疑問

(2015年9月)



新県立美術館に移された「秋田の行事」を観た方々から、

以前より展示室が狭くなった。
「秋田の行事」が、窮屈で縮んで見える。
階上の左右から見ることが出来なくなった。
照明の照り返しがきつい。
2階から見ると目線から高すぎる。3階から眺めると壁画が低すぎる。
展示室に奥行きがなく、この壁画の迫力が全く感じられない。
以前は圧倒するほどの存在感があったが、この絵の輝きが失われた。
新しい建物の現代的な感じと秋田の行事が違和感ある。
あそこへ行きさえすれば、という大きな拠り所が失われた。

などの声が上がっています。
(2014年2月)




 「秋田の行事」は8月31日に、平野政吉と藤田嗣治が一体となり建てた現県立美術館(平野政吉美術館)から移設されました。これは、世界に誇れる貴重な文化遺産を崩壊させる、非常に愚かな行為であり、一秋田県民として、強く非難致します。
(2013年8月31日)



 現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、建物を活用を検討していながら、2013年6月30日で閉館扱いとなりました。
 平野政吉と藤田嗣治が一体になり、実現させた現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、後世の人々、美術愛好家、若者達、藤田嗣治ファンのためにも残すべきです。
(2013年8月1日)



 現秋田県立美術館(平野政吉美術館)の大展示室は、「秋田の行事」のためにレオナール・フジタ(藤田嗣治)が助言したものです。
 

 ― 藤田は、「秋田の行事」を礼拝堂のような大空間で観るよう助言し、建物の上方から自然光を採り入れ、壁画に降り注ぐよう助言しました。また、壁画を床から1.8メートルの位置に上げ、両端を少しずつせり出して据え付けたのも、臨場感を狙い、藤田がこの絵に最も良い展示方法を指示したものです。藤田の理念が強く反映されている美術館、展示室は後世に伝えていくべきです。
(2013年5月15日)


関連記事
平野政吉美術館の大展示室と藤田嗣治「秋田の行事」 ~ 永遠に

秋田県立美術館(平野政吉美術館)の閉館、大壁画「秋田の行事」展示室の閉鎖及び「秋田の行事」、藤田嗣治作品の移転について
美の巨人たち 藤田嗣治 「秋田の行事 」 ― 視聴出来なかった秋田県の方々に、一部誌上再現!
現秋田県立美術館(平野政吉美術館)に展示されている藤田嗣治「秋田の行事」


お薦め記事 … 郷土・秋田の文化遺産を継承する会
ご挨拶 … 現秋田県立美術館(平野政吉美術館)を、藤田嗣治「秋田の行事」、藤田嗣治作品の恒久的な展示、鑑賞の場に
平野政吉と藤田嗣治の交友の歴史
現秋田県立美術館(平野政吉美術館)の丸い採光窓

提言:新秋田県立美術館は、収蔵作品を持たない企画展に特化した美術館にすべきである。
現秋田県立美術館の展示室が優れているこれだけの理由


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  • 2014.12.23(07:00)|未分類||TOP↑
    2014.12.14
     秋田県(県教委)が、旧県立美術館(秋田市千秋明徳町)の耐震診断を実施し、その結果、活用するために、耐震補強などの費用が、2億3200万円から最大で11億4500万円かかるとの試算を明らかにしたと言う。

     「県教育委員会は10日、旧県立美術館(秋田市千秋明徳町)の老朽度などを調査した結果、耐震基準を満たしておらず、活用するには耐震補強などの費用が少なくとも2億3200万円、最大で11億4500万円かかるとの試算を明らかにした」 (2014年12月11日、読売新聞)

     美術館使用の場合 … 6億8700万円
     多目的ホールとする場合(コンサート、講演用) … 11億4500万円 (非常階段、スプリク ラーなどの設置が義務づけら れる)
     建物の一部をホールとする場合 … 8億4900万円
     館内の利用ができないモニュメントとした場合 … 2億3200万円
     解体した場合の費用 … 1億5千万円~1億6千万円

                      (2014年12月11日、秋田魁新報の記事より、抜粋)


     旧来の県立美術館(平野政吉美術館)の耐震診断については、秋田県が2007年12月に、当時の財団法人・平野政吉美術館に美術館の移転を求めた際に、P1010594 平野政吉美術館(2011年10月) 800x600-新財団法人・平野政吉美術館が耐震診断を実施するように求めたのに対して、県は「実施しない」と回答した。そのため、財団が、これ以上待たせると、行政、再開発組合(当時、再開発準備組合)に迷惑がかかるからと言う理由で、止む無く移転を受け入れたと言う経緯がある。


     また、2008年2月に、県は財団法人・平野政吉美術館の理事会に対して、新美術館を建設した場合、県有地である土地の売却によって、建設費が相殺され、現金支出がほぼゼロで済むので、財政上有利だとの説明し、美術館移転を促した経緯がある。

     「日赤・婦人会館跡地へ移転新築した場合、建設費は15億程度(注、当時の試算)と見込まれるが、同跡地内にある県有地約一・二ヘクタールが資産として建設費に充当され、県の現金支出がほぼゼロになるとの見通しをあらためて説明。財政的な面から、現地改修より実現性が高いことを強調して理解を求めた」 (2008年2月18日、秋田魁新報)       

     この「ゼロ負担」はやがて、2009年9月の秋田県議会では8億円の負担に、2009年12月、2010年2月の秋田県議会においては、9億2千万円に上昇し (県有地の評価額の下落と建設費が約20億円に跳ね上がったことによる)、虚偽であったことが分かったが、2009年12月、2010年2月の県議会で、今度は、従来の美術館の改修し存続させる場合は、今後10年間で10億円の費用が発生すると言う数字を出し、またしても新築の方が有利だと主張したのである。美術館新築はもはや動くことのない既定事実にされ (一体誰の望みなのか?)、理性的、客観的な判断で、現地改修と移転についての検討がされることは全くなかったのである。

     「県が取得を予定している新県立美術館建設に伴う県負担額が、概算で約8億円になることが、24日明らかになった。県が9月定例県議会建設交通委員会に提出した資料で示した」 (2009年9月25日、秋田魁新報)

     (県立美術館の移転新築について) 「当初計画よりも床面積が約600平方メートル広くなり、県の負担金も約9億2千万円に膨らむ見通し」 (2009年12月11日、秋田魁新報)

     「県は2010年度一般会計当初予算案に、… 新県立美術館館の取得負担金約9億2千万円のうち約3億3千万円を計上している」 (2010年2月23日、秋田魁新報)

     (従来の県立美術館の建物の維持管理費用について) 「根岸教育長は 『10年間で約10億円の工事を行い、さらに年間5200万円の管理運営費がかかることを考えると、年間約1億5千万円が必要になる』と説明」 (2009年12月11日、秋田魁新報)

     (2010年2月県議会での従来の県立美術館についての佐竹知事の答弁) 「耐震化を含めた改修費用については、『今後10年以内に約10億円が必要と推定され、… 』」 (2010年2月24日、秋田魁新報)


     2012年に県の予定通り、新県立美術館が完成し、旧来の県立美術館(平野政吉美術館)にある大壁画「秋田の行事」を含むすべての収蔵作品をそこに移転完了させ、今になって、空になってしまった旧来の美術館の耐震診断を実施したという秋田県の方々。

     しかも、旧来の美術館を従来通りの美術品の展示使用で改修する際は、2010年に議員を説得するために出された改修費、10年で10億円という額を大きく下回る、15年で6億8700万円で改修可能である という試算額が、今になって明らかにされているのである。

     これでは、移転は全く不要であり、6億8700万円で、従来の美術館を改修しておれば、県財政上もはるかに有利で、文化的価値の高いこの建物の恒久的使用が可P1010010_05 平野政吉美術館(2013年4月)能となったのである。

     何という、欺瞞的で、でたらめな議論の末、県立美術館の移転新築が決まったというのか!

     しかも、従来の県立美術館(平野政吉美術館)の歴史的な意義 (秋田県内初の美術館で、県民などからの寄付金等も投入されている) や、文化的な価値 (藤田嗣治と平野政吉の交友関係の積み重ねの末、建設され、開館となった事実。藤田のアドバイス、イメージが反映されている ― 平野政吉が生前、明確に証言している。県はこの証言を信じないのか。《参考》平野政吉美術館(秋田県立美術館)の採光について「秋田の行事」展示室としての優れた特性 (注、「現秋田県立美術館の展示室が優れているこれだけの理由」を参照) などを、把握さえ出来ないまま、この美術館は、閉鎖という形を取られているのである。

     ネット上で、どこぞの県の職員はIQが低いのではないかと言われかねない哀れむべき事態だ。

    <関連記事>
    「秋田の行事」の引っ越し後に、県立美術館(旧)の建物について「耐用年数を見極めたい」と言い出した知事 ― 順番が逆ではないか?


    藤田嗣治の助言、指示が明確になった現県立美術館(平野政吉美術館) ― この美術館の閉館、移転は愚行である。

    <参考記事>
    平野政吉、1955年(昭和30年)開催「平野コレクション展」での挨拶





    藤田嗣治は、壁画「秋田の行事」が完成した当時から、美術館は、自然光による採光形式にしたいという意向を持っていた。
    1963年、平野政吉の親族に渡した美術館のイメージ図にも、壁画を大空間に展示し、上方から自然光を取り入れるよう描かれている。
    1966年5月、美術館建設の報告に訪れた平野政吉に、美術館の屋根は採光の形式にするよう、助言している。

    (参照 … 発見された「幻の藤田美術館」の設計図と、現県立美術館への藤田の助言を示すメモと手紙
    平野政吉美術館(秋田県立美術館)の採光について
    開催中の企画展「藤田嗣治の祈り 平野政吉の夢」 …… 「なぜ この美術館が閉館なのか?」という疑問

    (2015年9月)



    新県立美術館に移された「秋田の行事」を観た方々から、

    以前より展示室が狭くなった。
    「秋田の行事」が、窮屈で縮んで見える。
    階上の左右から見ることが出来なくなった。
    照明の照り返しがきつい。
    2階から見ると目線から高すぎる。3階から眺めると壁画が低すぎる。
    展示室に奥行きがなく、この壁画の迫力が全く感じられない。
    以前は圧倒するほどの存在感があったが、この絵の輝きが失われた。
    新しい建物の現代的な感じと秋田の行事が違和感ある。
    あそこへ行きさえすれば、という大きな拠り所が失われた。

    などの声が上がっています。
    (2014年2月)




     「秋田の行事」は8月31日に、平野政吉と藤田嗣治が一体となり建てた現県立美術館(平野政吉美術館)から移設されました。これは、世界に誇れる貴重な文化遺産を崩壊させる、非常に愚かな行為であり、一秋田県民として、強く非難致します。
    (2013年8月31日)



     現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、建物を活用を検討していながら、2013年6月30日で閉館扱いとなりました。
     平野政吉と藤田嗣治が一体になり、実現させた現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、後世の人々、美術愛好家、若者達、藤田嗣治ファンのためにも残すべきです。
    (2013年8月1日)



     現秋田県立美術館(平野政吉美術館)の大展示室は、「秋田の行事」のためにレオナール・フジタ(藤田嗣治)が助言したものです。
     

     ― 藤田は、「秋田の行事」を礼拝堂のような大空間で観るよう助言し、建物の上方から自然光を採り入れ、壁画に降り注ぐよう助言しました。また、壁画を床から1.8メートルの位置に上げ、両端を少しずつせり出して据え付けたのも、臨場感を狙い、藤田がこの絵に最も良い展示方法を指示したものです。藤田の理念が強く反映されている美術館、展示室は後世に伝えていくべきです。
    (2013年5月15日)


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    提言:新秋田県立美術館は、収蔵作品を持たない企画展に特化した美術館にすべきである。
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  • 2014.12.14(06:00)|未分類||TOP↑
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