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2013.10.10
 10月6日に、「加藤夏希 × 藤田嗣治への旅」(ABS秋田放送)という番組が放送されていた。
 「秋田の行事」の移転、新県立美術館の本オープンに合わせるように、テレビ局が何社も同様の特集番組を放送したようであるが、何れも、時期に合わせたキャンペーン番組に過ぎず、藤田嗣治の人間像に迫るような見ごたえのある番組はなかった。

 ABS秋田放送の番組では、「秋田の行事」が描かれた地元ならではの視線で、掘り下げた部分もあったが、何を伝えたいのかが伝わって来ない内容であった。フランスへの取材で、藤田がパリで認められるきっかけとなった「寝室の裸婦キキ」(1922年)、乳白色の時代に壁画に挑んだ「構図」、「争闘」(1928年)などを画面で間近に観れた部分は参考になったと言えるかも知れない。

 大雑把に藤田の画業の足跡を辿り、最後に、新美術館の展示室で、小学校低学年位の子供達を並ばせ、壁画「秋田の行事」を見せるシーンがあったが、意図的な演出で嫌らしさを感じた。あの年代の子供は只絵の大きさに驚くだけなのが素直な感想だろう。

 また、藤田作品の収集と美術館建設に生涯を懸けた、秋田市の資産家・平野政吉については、当然だが、触れてはいたが、実現しなかった戦前の「平野政吉家美術館」については詳細に取り上げていたものの、平野が藤田嗣治の晩年の助言を受け入れ、1967年(昭和42年)に実現させた念願の「秋田県立美術館・平野政吉美術館」については、何も伝えておらず、不十分であり、意図的な印象であった。

 このようなテレビ局各社の「秋田の行事」特集番組、吉永小百合さん出演のJR東日本のCM、地元新聞社の膨大な報道などによって、「秋田の行事」はこの一ヵ月ほど集中的に世間に露出されたので、これらに影響を受け、新県立美術館に訪れた人も当然多いことだろう。

 しかし、美術館の目的、美術館の価値は、来館者の数だろうか。訪れた人々にどれだけの感動を与えたのかが、美術館の価値の証でないだろうか。

 県知事は、新美術館本オープンの挨拶で、「その絵のために作られた空間で鑑賞するという、ぜいたくな体験を多くの人に楽しんでほしい」(2013年9月29日、河北新報)と言ったようであるが、作品に出会った喜び、感動や心を充足させる「豊かさ」は「贅沢さ」とは異質なものだ。それは、現代を生きる人々の「心」に欠けている部分を満たし、潤してくれる「豊かさ」である。

 そして、美術館の役割は、人々に喜び、感動、心の充足感を与え、さらに、人々の感性や創造力を育み、新たな価値観や創造への手掛かりを提供することではないのか。

 新美術館が「来館者1万人達成」(2013年10月7日、秋田魁新報)と報道されていたが、来館者数が、1万人を達成したとか、セレモニーで記念品を渡すとかといったことは、美術館の本来の価値にとって、何の意味を持たないことであるを自覚すべきである。



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藤田嗣治は、壁画「秋田の行事」が完成した当時から、美術館は、自然光による採光形式にしたいという意向を持っていた。
1963年、平野政吉の親族に渡した美術館のイメージ図にも、壁画を大空間に展示し、上方から自然光を取り入れるよう描かれている。
1966年5月、美術館建設の報告に訪れた平野政吉に、美術館の屋根は採光の形式にするよう、助言している。

(参照 … 発見された「幻の藤田美術館」の設計図と、現県立美術館への藤田の助言を示すメモと手紙
平野政吉美術館(秋田県立美術館)の採光について
開催中の企画展「藤田嗣治の祈り 平野政吉の夢」 …… 「なぜ この美術館が閉館なのか?」という疑問

(2015年9月)



新県立美術館に移された「秋田の行事」を観た方々から、

以前より展示室が狭くなった。
「秋田の行事」が、窮屈で縮んで見える。
階上の左右から見ることが出来なくなった。
照明の照り返しがきつい。
2階から見ると目線から高すぎる。3階から眺めると壁画が低すぎる。
展示室に奥行きがなく、この壁画の迫力が全く感じられない。
以前は圧倒するほどの存在感があったが、この絵の輝きが失われた。
新しい建物の現代的な感じと秋田の行事が違和感ある。
あそこへ行きさえすれば、という大きな拠り所が失われた。

などの声が上がっています。
(2014年2月)




 「秋田の行事」は8月31日に、平野政吉と藤田嗣治が一体となり建てた現県立美術館(平野政吉美術館)から移設されました。これは、世界に誇れる貴重な文化遺産を崩壊させる、非常に愚かな行為であり、一秋田県民として、強く非難致します。
(2013年8月31日)



 現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、建物を活用を検討していながら、2013年6月30日で閉館扱いとなりました。
 平野政吉と藤田嗣治が一体になり、実現させた現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、後世の人々、美術愛好家、若者達、藤田嗣治ファンのためにも残すべきです。
(2013年8月1日)



 現秋田県立美術館(平野政吉美術館)の大展示室は、「秋田の行事」のためにレオナール・フジタ(藤田嗣治)が助言したものです。
 

 ― 藤田は、「秋田の行事」を礼拝堂のような大空間で観るよう助言し、建物の上方から自然光を採り入れ、壁画に降り注ぐよう助言しました。また、壁画を床から1.8メートルの位置に上げ、両端を少しずつせり出して据え付けたのも、臨場感を狙い、藤田がこの絵に最も良い展示方法を指示したものです。藤田の理念が強く反映されている美術館、展示室は後世に伝えていくべきです。
(2013年5月15日)


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現秋田県立美術館(平野政吉美術館)に展示されている藤田嗣治「秋田の行事」


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ご挨拶 … 現秋田県立美術館(平野政吉美術館)を、藤田嗣治「秋田の行事」、藤田嗣治作品の恒久的な展示、鑑賞の場に
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現秋田県立美術館(平野政吉美術館)の丸い採光窓

提言:新秋田県立美術館は、収蔵作品を持たない企画展に特化した美術館にすべきである。
現秋田県立美術館の展示室が優れているこれだけの理由


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  • 2013.10.10(22:00)|未分類||TOP↑
    2013.10.08
     9月県議会の予算特別委員会の総括審査で、佐竹秋田県知事は、「旧県立美術館(秋田市千秋明徳町)の建物の活用について『耐用年数を見極めたい』と話し、県で老朽度調査を行う考えを示した」(2013年10月5日、秋田魁新報)と言うことだ。

     9月1日で閉館扱いにされた県立美術館(旧)は、1967年(昭和42年)に完成し、老朽化や今後10年以内に耐震補強が必要だとの理由で、2007年11月に、収蔵美術品の所有者、財団法人平野政吉美術館(現公益財団法人平野政吉美術財団)に移転要請された。その際、平野財団の要請にも関わらず、耐震検査は一切実施しなかった。当然、老朽化についての科学的検査も実施されていない。

     その理由が「県は今日的社会的要請に応えた新しい美術館を建てることを構想しているのであり耐震診断結果の必要性や費用によって構想が変わるものではない」(平成20年3月28日、週刊アキタ)とのことで、検査に応じなかったという。

     今日的社会的要請とは一体何のことなのか不明であるし、はじめから美術館新築を決めているから、耐震検査は必要ないと言っている訳であり、目茶苦茶で傲慢な、官僚独裁的なやり方の行政と言えないのか。

     老朽化については、2010年2月県議会で、現県立美術館が、カビ臭い、床がゆがんでいる、紫外線が入る、白華現象が見られるなど、信じられない理由を付けられ、移転が必要だとされた。(詳細は、ウェブ上の議事録からも確かめることができる。)
     このうち、白華については、コンクリート構造物の強度に問題はなく、無害で環境上の問題もなく、洗剤などで落とすこともできるとのことである。

     これらの理由はすべて、それゆえ移転新築が必要とは言えないものばかりであった。
     長年県民に愛され、利用されてきた美術館を、修繕を加え、可能な限り長く使用しようという視点や、県立美術館(旧)の文化的価値を認識し、後世に伝えるという意思が全くないものであった。

     新美術館を建設するか否かのために、実施すべきであるはずの老朽化の調査を、新美術館を建設し、藤田嗣治の大壁画「秋田の行事」など、館内の収蔵品をすべて移してから実施するというやり方は到底正常なものとは思えない。

     何れにせよ、現県知事は、県立美術館(旧)の建物を後世に伝えるという気持ちが当初からないようであり、老朽化の調査を実施し、耐用年数を割り出し、時期が来たら更地とし、新たな「箱物」を建てるつもりなのが窺える。
     「耐用年数を見極めたい」という発言もそういった意向に沿ったものなのだろう。
     
     県知事たる人は、高い見識を持ち、時代感覚に優れ、郷土への強い愛を持つ人であってほしい。今の県知事にはそれらが欠けているように思える。

     また、今の県知事は、全方位的外交で、根回しを重視するそうだが、そういう手法で、県民の声や県益から離れた独断的な行政を進められば、「課題山積県」 秋田 は、益々、今日の低迷から抜け出せないだろう。

    (ある中央官僚が秋田を「課題先進県」と言っていたが、秋田県は全国に先駆けて重要課題が山積する「課題山積県」である。)






    藤田嗣治は、壁画「秋田の行事」が完成した当時から、美術館は、自然光による採光形式にしたいという意向を持っていた。
    1963年、平野政吉の親族に渡した美術館のイメージ図にも、壁画を大空間に展示し、上方から自然光を取り入れるよう描かれている。
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    展示室に奥行きがなく、この壁画の迫力が全く感じられない。
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    (2013年8月31日)



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     平野政吉と藤田嗣治が一体になり、実現させた現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、後世の人々、美術愛好家、若者達、藤田嗣治ファンのためにも残すべきです。
    (2013年8月1日)



     現秋田県立美術館(平野政吉美術館)の大展示室は、「秋田の行事」のためにレオナール・フジタ(藤田嗣治)が助言したものです。
     

     ― 藤田は、「秋田の行事」を礼拝堂のような大空間で観るよう助言し、建物の上方から自然光を採り入れ、壁画に降り注ぐよう助言しました。また、壁画を床から1.8メートルの位置に上げ、両端を少しずつせり出して据え付けたのも、臨場感を狙い、藤田がこの絵に最も良い展示方法を指示したものです。藤田の理念が強く反映されている美術館、展示室は後世に伝えていくべきです。
    (2013年5月15日)


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  • 2013.10.08(05:00)|未分類||TOP↑
    2013.10.06
     新県立美術館の本オープンを伝える、9月29日の地元紙の記事を読むと、新県立美術館の展示室について、「奥行きは旧美術館より約9メートル短い13メートル」(2013年9月29日、秋田魁新報)、「『ちょっと狭くて、壁画も窮屈に感じた』と、初めての空間に戸惑う秋田市の会社員女性(52)も」(2013年9月29日、秋田魁新報)という話が載っていた。
     行政に迎合的な姿勢がある魁紙でさえ、記事にして伝えている位だから、実際の鑑賞者は、かなり窮屈で戸惑いがあったと思われる。また、美術館側の話として「3階から見たときの迫力は旧美術館よりはるかに増した。新しい空間で新しい鑑賞の仕方を楽しんでほしい」(2013年9月29日、秋田魁新報)とも伝えていた。どうも、この新展示室では、正面から壁画と向き合える、最も一般的な2階部分から「秋田の行事」を観た場合、平野政吉美術館の大展示室と比べ、相当窮屈に見えるらしく、「秋田の行事」の迫力は、吹き抜けの3階部分に行って見ないと分らないようである。

     9メートルも奥行きが短くなったのだから、その分だけ「迫ってくる」(2013年9月29日、秋田魁新報)のは当然だろう。一方で、その分、この展示室では、この壁画の持つ雄大さ、スケール感を感じることは出来ないだだろうし、藤田の助言を取り入れた大展示室で観た時のような、重厚感や壁画と一体化したような感覚も持てないだろう。まして、絵から、描かれた時代の音が聞こえる、息遣いが聞こえるという感覚も当然持てないだろう。また、藤田が、壁画のために指示した上方からの自然光による採光形式も取り入れていない。完全に、平野政吉美術館の展示室より、劣化した展示室と言える。

     そして、今、新美術館を訪れている人々は、言ってみれば、有名女優のテレビコマーシャルに誘われてやって来た、物見遊山の見物人がほとんどであり、CM終了とともに、姿を消していくことが明白である。
     今朝の新聞に、「6日間で、7211人が来館した」(2013年10月5日、秋田魁新報)という県の話が載っていたが、何も意味のない数字と言える。

     この展示室では、「秋田の行事」に出会った「感動」は伝わらないだろう。平野政吉美術館では、「秋田の行事」を観て、感動して涙を流す人さえいた。安藤忠雄氏設計の展示室では独自のメッセージが何も無ければ、平野政吉が藤田嗣治から受けた指示を、真摯に継承している姿勢も見受けられない。(床から約1.8メートル上げた展示方法のみ)

     引っ越すこと自体が目的であって、平野政吉美術館の展示室を超える意欲もなければ、斬新さも、魅力もない展示室である。

     グレーのコンクリート剥き出しの建物で、周囲のざわざわした喧噪に囲まれながら、重厚さのない展示室で、藤田嗣治渾身の大壁画を観ようとは思わない。

     先日、ツイッターで、初めて「秋田の行事」を観た人が、寧ろ他の作品のほうが良かったと言っていた。こういう来館者が増えれば、新美術館の「秋田の行事」展示室は、失敗であったと言うことになるだろう。






    藤田嗣治は、壁画「秋田の行事」が完成した当時から、美術館は、自然光による採光形式にしたいという意向を持っていた。
    1963年、平野政吉の親族に渡した美術館のイメージ図にも、壁画を大空間に展示し、上方から自然光を取り入れるよう描かれている。
    1966年5月、美術館建設の報告に訪れた平野政吉に、美術館の屋根は採光の形式にするよう、助言している。

    (参照 … 発見された「幻の藤田美術館」の設計図と、現県立美術館への藤田の助言を示すメモと手紙
    平野政吉美術館(秋田県立美術館)の採光について
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    以前より展示室が狭くなった。
    「秋田の行事」が、窮屈で縮んで見える。
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    2階から見ると目線から高すぎる。3階から眺めると壁画が低すぎる。
    展示室に奥行きがなく、この壁画の迫力が全く感じられない。
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     ― 藤田は、「秋田の行事」を礼拝堂のような大空間で観るよう助言し、建物の上方から自然光を採り入れ、壁画に降り注ぐよう助言しました。また、壁画を床から1.8メートルの位置に上げ、両端を少しずつせり出して据え付けたのも、臨場感を狙い、藤田がこの絵に最も良い展示方法を指示したものです。藤田の理念が強く反映されている美術館、展示室は後世に伝えていくべきです。
    (2013年5月15日)


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  • 2013.10.06(01:00)|未分類||TOP↑
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