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2013.08.30
 現秋田県立美術館・平野政吉美術館にある藤田嗣治の大壁画「秋田の行事」が昨年完成した新県立美術館に移されようとしています。
 「秋田の行事」は、1937年(昭和12年)に、秋田市の資産家で、美術品収集家の平野政吉が、親交のあった画家・藤田嗣治に制作依頼して描かれた、縦3.65メートル、横20.5メートルの巨大壁画です。秋田の四季の祭りと風俗が色彩豊かに描かれ、藤田の画風がパリ当時から変化を遂げた時代の頂点に位置する重要な作品であり、観る者を圧倒する作品です。
 作品には「為秋田 平野政吉 嗣治 Foujita 1937」と署名されており、藤田嗣治と平野政吉が一体となって制作した作品でもあります。P1010224_03 「秋田の行事」-1
 また、「秋田の行事」は、平野政吉の美術館建設構想を受け、美術館の壁画として描かれており、30年の歳月を経て、1967年(昭和42年)に二人にとって念願の秋田県立美術館・平野政吉美術館が完成致しました。美術館完成までに、何度も平野政吉の親族が、パリ郊外に住む藤田を訪ね、美術館の設計図を持参したり、藤田の意向を聞くなどしております。秋田県立美術館・平野政吉美術館も藤田嗣治と平野政吉が一体となって制作した建物でもあるのです。
 秋田県では、現県立美術館の老朽化や耐震補強工事を伴う改修が必要なため新築のほうが良いなど様々な理由を付け、新県立美術館を新築しましたが、すべての理由が現美術館で対応可能なものばかりでした。しかも、新県立美術館完成後の現在、現美術館の建物を他の施設に活用することについて、県と秋田市が協議しており、新県立美術館の建設理由の正当性が疑問視されます。
 こうした状況の中で「秋田の行事」を移設することは、世界に誇れる貴重な文化遺産を崩壊させる、非常に愚かな行為ですので、一秋田県民として、強く非難致しますとともに移設の中止を強く求めます。
(メッセージ、8月30日)





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大壁画「秋田の行事」誕生、美術館の壁画に … 平野政吉と藤田嗣治の交友の歴史 3
18年ぶりの再会、念願の美術館建設の実現 … 平野政吉と藤田嗣治の交友の歴史 4
藤田嗣治が助言した平野政吉美術館の採光
発見された藤田嗣治の日記と「秋田への思い」、「秋田の行事」、「美術館建設」




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藤田嗣治は、壁画「秋田の行事」が完成した当時から、美術館は、自然光による採光形式にしたいという意向を持っていた。
1963年、平野政吉の親族に渡した美術館のイメージ図にも、壁画を大空間に展示し、上方から自然光を取り入れるよう描かれている。
1966年5月、美術館建設の報告に訪れた平野政吉に、美術館の屋根は採光の形式にするよう、助言している。

(参照 … 発見された「幻の藤田美術館」の設計図と、現県立美術館への藤田の助言を示すメモと手紙
平野政吉美術館(秋田県立美術館)の採光について
開催中の企画展「藤田嗣治の祈り 平野政吉の夢」 …… 「なぜ この美術館が閉館なのか?」という疑問

(2015年9月)



新県立美術館に移された「秋田の行事」を観た方々から、

以前より展示室が狭くなった。
「秋田の行事」が、窮屈で縮んで見える。
階上の左右から見ることが出来なくなった。
照明の照り返しがきつい。
2階から見ると目線から高すぎる。3階から眺めると壁画が低すぎる。
展示室に奥行きがなく、この壁画の迫力が全く感じられない。
以前は圧倒するほどの存在感があったが、この絵の輝きが失われた。
新しい建物の現代的な感じと秋田の行事が違和感ある。
あそこへ行きさえすれば、という大きな拠り所が失われた。

などの声が上がっています。
(2014年2月)




 「秋田の行事」は8月31日に、平野政吉と藤田嗣治が一体となり建てた現県立美術館(平野政吉美術館)から移設されました。これは、世界に誇れる貴重な文化遺産を崩壊させる、非常に愚かな行為であり、一秋田県民として、強く非難致します。
(2013年8月31日)



 現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、建物を活用を検討していながら、2013年6月30日で閉館扱いとなりました。
 平野政吉と藤田嗣治が一体になり、実現させた現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、後世の人々、美術愛好家、若者達、藤田嗣治ファンのためにも残すべきです。
(2013年8月1日)



 現秋田県立美術館(平野政吉美術館)の大展示室は、「秋田の行事」のためにレオナール・フジタ(藤田嗣治)が助言したものです。
 

 ― 藤田は、「秋田の行事」を礼拝堂のような大空間で観るよう助言し、建物の上方から自然光を採り入れ、壁画に降り注ぐよう助言しました。また、壁画を床から1.8メートルの位置に上げ、両端を少しずつせり出して据え付けたのも、臨場感を狙い、藤田がこの絵に最も良い展示方法を指示したものです。藤田の理念が強く反映されている美術館、展示室は後世に伝えていくべきです。
(2013年5月15日)


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現秋田県立美術館(平野政吉美術館)に展示されている藤田嗣治「秋田の行事」


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ご挨拶 … 現秋田県立美術館(平野政吉美術館)を、藤田嗣治「秋田の行事」、藤田嗣治作品の恒久的な展示、鑑賞の場に
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現秋田県立美術館(平野政吉美術館)の丸い採光窓

提言:新秋田県立美術館は、収蔵作品を持たない企画展に特化した美術館にすべきである。
現秋田県立美術館の展示室が優れているこれだけの理由


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  • 2013.08.30(00:00)|メッセージ||TOP↑
    2013.08.27
    建築家・安藤忠雄氏の講演会が、昨年、一昨年に続き、三年連続で秋田市で開催されるとのことである。今度は、新秋田県立美術館オープン記念だそうだが、昨年は竣工記念、一昨年も新県立美術館の設計者ということで開催されている。テーマは一昨年が「地方都市の可能性を探る」、昨年が「生き残りをかけて街づくりを考える」、今年が「地方都市は生き残りをかけて」と似通ったものばかりのようだ。また、全国各地で開催されている講演会を見ても、「地方都市の生き残りをかけて」、「◯◯に可能性はあるか」、「生き残りを賭けて」、「可能性について」、「生き残りをかけて考える」… など類似した題目が多い。日本全国が危機的状況にあり、それ故、氏の建築、発想が必要だということか。それにしても秋田県では三年連続と異常に多い。大先生の美術館+講演会ビジネスに協力している感すらある。各地の講演会の中には、1000円の参加費用を取り、高額の講演料に充てている所もあるが、秋田県では全て無料だ。公平性を考え、参加者負担にすべきではないのか。プロボクサーなどを経験した後、独学で建築家となり、斬新さを感じさせるデザインで、世界的に評価された安藤氏だが、国内の専門家達では必ずしも高く評価されていないとも聞く。新県立美術館の三角螺旋階段は不便なだけだし、水庭越しの千秋公園の風景をわざわざ見たいとも思わない。造形美の表現なら自らの金を使ってすべきである。




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    1966年5月、美術館建設の報告に訪れた平野政吉に、美術館の屋根は採光の形式にするよう、助言している。

    (参照 … 発見された「幻の藤田美術館」の設計図と、現県立美術館への藤田の助言を示すメモと手紙
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    (2015年9月)



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    以前より展示室が狭くなった。
    「秋田の行事」が、窮屈で縮んで見える。
    階上の左右から見ることが出来なくなった。
    照明の照り返しがきつい。
    2階から見ると目線から高すぎる。3階から眺めると壁画が低すぎる。
    展示室に奥行きがなく、この壁画の迫力が全く感じられない。
    以前は圧倒するほどの存在感があったが、この絵の輝きが失われた。
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    などの声が上がっています。
    (2014年2月)




     「秋田の行事」は8月31日に、平野政吉と藤田嗣治が一体となり建てた現県立美術館(平野政吉美術館)から移設されました。これは、世界に誇れる貴重な文化遺産を崩壊させる、非常に愚かな行為であり、一秋田県民として、強く非難致します。
    (2013年8月31日)



     現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、建物を活用を検討していながら、2013年6月30日で閉館扱いとなりました。
     平野政吉と藤田嗣治が一体になり、実現させた現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、後世の人々、美術愛好家、若者達、藤田嗣治ファンのためにも残すべきです。
    (2013年8月1日)



     現秋田県立美術館(平野政吉美術館)の大展示室は、「秋田の行事」のためにレオナール・フジタ(藤田嗣治)が助言したものです。
     

     ― 藤田は、「秋田の行事」を礼拝堂のような大空間で観るよう助言し、建物の上方から自然光を採り入れ、壁画に降り注ぐよう助言しました。また、壁画を床から1.8メートルの位置に上げ、両端を少しずつせり出して据え付けたのも、臨場感を狙い、藤田がこの絵に最も良い展示方法を指示したものです。藤田の理念が強く反映されている美術館、展示室は後世に伝えていくべきです。
    (2013年5月15日)


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  • 2013.08.27(00:00)|コラム||TOP↑
    2013.08.25
    新県立美術館の美術顧問に美術史学者、美術評論家で大原美術館館長である高階秀爾(たかしなしゅうじ)氏(81)が委嘱され、美術館の設計者・安藤忠雄氏とともに記念講演も行われるとのことだ。安藤忠雄氏の講演会は3年連続であり、なぜこれ程安藤氏の美術館建設、講演会ビジネスに協力する必要があるのか疑問だ。高階氏は東京生まれだが、父親が美郷町出身で、戦時中に秋田に疎開した経験があることなどから起用されたと思われる。一方で、国立西洋美術館長や文化審議会会長などを歴任しており、官僚的立場が強い方でもあるようだ。また、昨年、美術評論家として初の文化勲章を受章され、ルネサンス以後の西洋美術史がご専門とのこと。また、ある書籍によると、高階氏は若い頃、フランス留学時に、画家・藤田嗣治に会った経験があるとのことだが、氏の著作を読むと、必ずしも藤田嗣治を高く評価している訳ではないようだ。著者の手元にある「近代絵画史」(2008年、中央公論新社)では、第二十章にエコール・ド・パリの記述があるが、藤田嗣治についての記述は、エコール・ド・パリの一人として「日本の藤田嗣治」とあるだけである。因みにユトリロ、モディリアーニ、スーティン、パスキン、キスリングについては、1ページ~5ページに亘って記述しておられる。「西洋美術史」(2010年、美術出版社)でも「エコール・ド・パリと素朴派」の項に「日本人の藤田嗣治」とあるだけであった。




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    (2013年8月1日)



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     ― 藤田は、「秋田の行事」を礼拝堂のような大空間で観るよう助言し、建物の上方から自然光を採り入れ、壁画に降り注ぐよう助言しました。また、壁画を床から1.8メートルの位置に上げ、両端を少しずつせり出して据え付けたのも、臨場感を狙い、藤田がこの絵に最も良い展示方法を指示したものです。藤田の理念が強く反映されている美術館、展示室は後世に伝えていくべきです。
    (2013年5月15日)


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  • 2013.08.25(07:00)|コラム||TOP↑
    2013.08.24
     6月30日で閉館扱いになり、収蔵作品の移転が準備されていると言う平野政吉美術館だが、その際の企画展で公開されていた、元名誉館長の平野誠氏(平野政吉の長男)が平野政吉に宛てた手紙などによって、現県立美術館(平野政吉美術館)の建設に際し、藤田嗣治の関与があったことが、一層明確になっている。
     手紙は、パリ郊外の藤田を訪ねた平野誠氏が、平野政吉に宛てたもので、1966年(昭和41年)2月8日付けになっていた。藤田のアトリエに秋田県立美術館の平面図と立面図を持参したこと、壁画「秋田の行事」の展示の仕方などが綴られ、主な内容は、

     「こちらがお届けした設計図は平面と側面、断面と建物だけのもので全体の敷地と配置図、つまり堀の位置と館の建物と周りの庭の図が入っておらず、私が前に地図で見た記憶で大体の様子をお話しました。又朝日の複写を持って行きましたので、それも差し上げておきました。大変によろこばれておられました。…… 壁画は真直ぐにせず一寸曲げて、観る人が端の方が余り遠くならぬ様にしたら良いだろうと云われましたので、ご報告します。又、4月頃来佛する予定でありますことを話して来ました」

    などというものであった。

     また、1963年(昭和38年)11月、藤田が平野家親族に、秋田に建設する美術館のイメージを示したメモが公開されており、現県立美術館(平野政吉美術館)と同様に、礼拝堂のような大空間に壁画を展示し、建物上方の窓から自然光を採り入れ、壁画を照らす方法が図示されていた。

     さらに、平野誠氏は、1966年2月8日と、平野政吉に同行した5月、さらに秋と少なくても三度以上、美術館建設の件で渡仏し、藤田嗣治に会っておられる。

     2010年(平成22年)2月の秋田県議会で、県立美術館の新築について議論された際、県は、現県立美術館を設計した設計会社の元設計士の話として、建物のデザインは設計側が発想したものであり、藤田や平野の関与はなかったとしきりに答弁していたが、平野政吉が生前、証言していたことを裏付ける資料、証拠の存在が明らかになっているのである。

     世界的画家・レオナール・フジタ(藤田嗣治)との関わりが深いことがはっきりし、フジタの意向が反映されている、文化的価値の高い現県立美術館(平野政吉美術館)を閉館、移転することは、愚行であることは明確だろう。




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  • 2013.08.24(01:25)|未分類||TOP↑
    2013.08.05
     昨年完成した新県立美術館に、平野政吉美術館収蔵の藤田嗣治の壁画「秋田の行事」などのコレクションが移転されるとのことだが、この美術館での展示には、多くの懸念がある。
     著名な建築家・安藤忠雄氏が設計したという新秋田県立美術館は、千秋公園方面を眺望できる水庭や螺旋階段に特徴があるようだが、コンクリート剥き出しの建物の外観が、温かさや開放感が感じられない。秋田らしさがない。三角形に拘ったデザインに、必要性が感じられない。四角い土地に三角の建物は、土地の無駄遣いだなど多くの批判的意見が既に出ているようだ。
     また、この美術館の問題の一つに、美術館が、賑わいづくりのためのイベント会場、屋台会場として使用されている「広場」に隣接していることがある。既にイベント開催時には大音響の音楽を流すこともあり、かなり騒がしい状況になっている。なぜ、この場所に美術館なのかという疑問を多くの県民、市民が内心思っていることだろうし、県外からの観光客も首を傾げるのは間違いないだろう。
     また、この美術館の入口は、仲小路方向に1ヵ所、コンクリートをくり抜いたようにあるが、駅方向だけを向いており、観光客のみを意識しているかのように存在している。秋田市の人口が、この美術館の入口とは反対の西側に圧倒的に多いことを設計者は認識していなかったのではないか。市民にとっては、不便な入口である。

     機能性が重視されず、設計者の自己満足が感じられる印象が強い新県立美術館だが、藤田嗣治の壁画「秋田の行事」を展示する予定だとされる展示室も、平野政吉美術館の展示室と比較し、多くの劣っている点が見受けられる。
     まず、展示室の広さにおいて、平野政吉美術館の約550平方メートルに対し、新県立美術館は、約440平方メートルになっている。これは、平野政吉美術館の展示室より、5メートル程手前からしか、「秋田の行事」を鑑賞できないことになる。縦3.65メートル、横20.5メートルの巨大壁画を観るうえで、この差は大きい。
     また、新県立美術館の展示室の天井高は、推定約7メートル程で、四角く区切られており、圧迫感がある。これに対し、平野政吉美術館の展示室の天井高は、約18メートルあり、しかも、屋根の形から生み出されたなだらかな曲線を描いており、上方への広がり、奥行きを一層感じさせている。
     藤田嗣治は「秋田の行事」を描くにあたって、三次元的空間、奥行き感を出すことに注意を払い、構図に様々な配慮をしていたことが既に分かっている。

    (参照 藤田嗣治「秋田の行事」の構図と奥行き感、臨場感パリでの「乳白色」から、色彩と三次元表現の「秋田の行事」へ … 藤田嗣治の変貌

     平野政吉美術館の展示室が、藤田嗣治の壁画に込めた意図を忠実に表した空間であったことが分かるのである。
     また、体育館を思わせる茶色のフロア、薄茶の壁が、空の「青」、雪の「白」、祭りの「赤」が基調の色彩である「秋田の行事」と調和するとは、とても思えない。「秋田の行事」の展示には似合わない展示室である。

     また、新県立美術館の展示室の照明は、藤田嗣治が平野政吉に自然光による採光形式を助言したことを無視し、人工照明のみになっているが、この展示室では「秋田の行事」が平面的に見えることは間違いないだろう。
     先日のNHKテレビ(8月1日、クローズアップ現代)で放送された、伊藤若冲コレクションの第一者、ジョー・プライスさんも、ご自身の鑑賞室を自然光のみで観れるようにしていた。その理由を、自然光で観ると絵に奥行きが出るが、人工照明で観ると絵が平面的に見えることを挙げていた。
     藤田嗣治が、クロード・モネなど多くの偉大な画家と同じく、大壁画「秋田の行事」を自然光で観るよう、助言したのは、絵に奥行き感、臨場感を出すことを求めたためであることは間違いないだろう。

     その意味でも、平野政吉美術館の展示室は、藤田嗣治の意図を的確に反映しており、新県立美術館の展示室は不的確と言えるだろう。




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    藤田嗣治は、壁画「秋田の行事」が完成した当時から、美術館は、自然光による採光形式にしたいという意向を持っていた。
    1963年、平野政吉の親族に渡した美術館のイメージ図にも、壁画を大空間に展示し、上方から自然光を取り入れるよう描かれている。
    1966年5月、美術館建設の報告に訪れた平野政吉に、美術館の屋根は採光の形式にするよう、助言している。

    (参照 … 発見された「幻の藤田美術館」の設計図と、現県立美術館への藤田の助言を示すメモと手紙
    平野政吉美術館(秋田県立美術館)の採光について
    開催中の企画展「藤田嗣治の祈り 平野政吉の夢」 …… 「なぜ この美術館が閉館なのか?」という疑問

    (2015年9月)



    新県立美術館に移された「秋田の行事」を観た方々から、

    以前より展示室が狭くなった。
    「秋田の行事」が、窮屈で縮んで見える。
    階上の左右から見ることが出来なくなった。
    照明の照り返しがきつい。
    2階から見ると目線から高すぎる。3階から眺めると壁画が低すぎる。
    展示室に奥行きがなく、この壁画の迫力が全く感じられない。
    以前は圧倒するほどの存在感があったが、この絵の輝きが失われた。
    新しい建物の現代的な感じと秋田の行事が違和感ある。
    あそこへ行きさえすれば、という大きな拠り所が失われた。

    などの声が上がっています。
    (2014年2月)




     「秋田の行事」は8月31日に、平野政吉と藤田嗣治が一体となり建てた現県立美術館(平野政吉美術館)から移設されました。これは、世界に誇れる貴重な文化遺産を崩壊させる、非常に愚かな行為であり、一秋田県民として、強く非難致します。
    (2013年8月31日)



     現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、建物を活用を検討していながら、2013年6月30日で閉館扱いとなりました。
     平野政吉と藤田嗣治が一体になり、実現させた現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、後世の人々、美術愛好家、若者達、藤田嗣治ファンのためにも残すべきです。
    (2013年8月1日)



     現秋田県立美術館(平野政吉美術館)の大展示室は、「秋田の行事」のためにレオナール・フジタ(藤田嗣治)が助言したものです。
     

     ― 藤田は、「秋田の行事」を礼拝堂のような大空間で観るよう助言し、建物の上方から自然光を採り入れ、壁画に降り注ぐよう助言しました。また、壁画を床から1.8メートルの位置に上げ、両端を少しずつせり出して据え付けたのも、臨場感を狙い、藤田がこの絵に最も良い展示方法を指示したものです。藤田の理念が強く反映されている美術館、展示室は後世に伝えていくべきです。
    (2013年5月15日)


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  • 2013.08.05(02:00)|評論||TOP↑
    2013.08.02
     大壁画「秋田の行事」などを描いた世界的画家・藤田嗣治は、自身初の随筆「巴里の横顔」(1929年《昭和4年》、実業之日本社)の中で、芸術作品、絵画を、商業施設と結び付けることに対して強い口調で批判している。
     藤田嗣治作品を再開発地区のにぎわいづくりに利用したい、にぎわいに繋げたいとして、新県立美術館を建設した県であったが、多くの美術愛好家はもちろんのこと、当の藤田嗣治にも、その考えの誤りを指摘されているのである。
     藤田嗣治は、フランスで成功を収めた後、1929年(昭和4年)に帰国し、自身初の随筆「巴里の横顔」(実業之日本社)を発表し、人気を得たが、その中で、

     「パリの百貨店と日本の百貨店と違ふ所は、例へば、百貨店で絵の展覧会をしたり芝居を見せたりする様なことが、全然ないのである。…… 何故、百貨店で絵の展覧会をしないのかといふと、絵を観賞するべく周囲があまりに、雑然としてゐるからである。考へてみても、大根や人参や缶詰を見た後で、絵画を見るといふ事は、実に、絵画を、侮辱した話で、いい印象がえられないのは、分かり切つた事である」(藤田嗣治「巴里の横顔」105頁、昭和4年、実業之日本社)

    と語っている。特に「大根や人参や缶詰を見た後で、絵画を見るといふ事は、実に、絵画を、侮辱した話」という言葉に、作家としてのプライドと絵画観賞をする際の藤田の繊細な考え方がよく表れており、雑然とした周囲の中で絵画鑑賞をすること、食料品などを見たり、買ったりした後で絵画鑑賞することを「絵画を侮辱した話」であるとして、強く批判し、否定している。

     商業施設と美術館、藤田嗣治作品を結び付け、街のにぎわいに繋げるという県の考え方は、藤田嗣治本人によって、はっきりと否定されているのである。




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    1966年5月、美術館建設の報告に訪れた平野政吉に、美術館の屋根は採光の形式にするよう、助言している。

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    以前より展示室が狭くなった。
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    (2013年8月31日)



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    (2013年8月1日)



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     ― 藤田は、「秋田の行事」を礼拝堂のような大空間で観るよう助言し、建物の上方から自然光を採り入れ、壁画に降り注ぐよう助言しました。また、壁画を床から1.8メートルの位置に上げ、両端を少しずつせり出して据え付けたのも、臨場感を狙い、藤田がこの絵に最も良い展示方法を指示したものです。藤田の理念が強く反映されている美術館、展示室は後世に伝えていくべきです。
    (2013年5月15日)


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  •    tag : 藤田嗣治 巴里の横顔

    2013.08.02(07:00)|未分類||TOP↑
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