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2013.06.17
 この日観た「秋田の行事」が、不思議にいつもより輝いて見えた。本来の場所に在る「秋田の行事」に逢うため、この日多くの人が訪れたせいなのか。外の日差しがいつもより強く、天井から微かに入る陽光が、いつもより多かったためなのか。あるいは、この展示室に在ることを誇る藤田と平野の想いが、壁画を照らし輝かせたためなのだろうか。
 この美術館は、藤田嗣治の巨大壁画「秋田の行事」(1937年作、縦3.65メートル、横20.5メートル)のための美術館である。平野政吉美術館=「秋田の行事」美術館と言っていい関係にある。P1010180_03 平野政吉美術館(2013年6月)
 高さ18メートル程ある天井の丸窓から、双曲線を描いた屋根の形が生んだ傾斜した壁面に反射しながら、微かな陽光が柔らかく館内に入り込み、画家が望んだ「壁画」の自然の色を我々に見せてくれる。
 550平方メートルの広さの大展示室が、非日常的な気分と豊かさを与えてくれ、観る者の魂と巨大壁画が対面する異次元空間になっている。
 2階(高床式の構造で2階が入口になっている)にあるこの大展示室で、「秋田の行事」は約1.8メートルの位置に上げられ、左右の端が少しずつ迫り出した展示になっている。自然な視線で壁画が目に飛び込み、「秋田の行事」の群像の持つエネルギーが一層強く我々に伝わる仕掛けになっているのである。

 近くで観れば、臨場感と群像のエネルギーが伝わり、繊細な着物の描写など藤田の緻密な描写を良く観れることが出来る。
 少し離れて観ると、秋田の冬の日常生活を描いた「静」、香爐木橋(こうろぎばし)を境にして、竿灯、梵天祭り、日吉八幡神社山王祭を描いた熱を帯びた「動」が対比し、重なり合い、観る者に迫ってくる。
 回廊式の3階は、絵の正面、左右の上空からも、「秋田の行事」を堪能できるエリアとなっている。2階からでは、気付かなかった空の青、地面の白の色彩が、壁画の各場面によって変化する様子が良く観て取れるし、落ち着いた、悠々とした気分で壁画を観賞できるスペースとなっている。

 この美術館の主である「秋田の行事」の前には、他の美術館であれば、メインになる「眠れる女」(1931年)、「北平の力士」(1935年)、「自画像」(1936年)、「五人女」(1935年)などの藤田の大作や、ゴヤのエッチング「闘牛技」シリーズ、ピカソの「女の顔」、リオス「水汲む少女」、リヒテル「トルコの後宮」、ブラック、ロートレック、セザンヌ … も脇役に過ぎない存在になってしまう。
 それほど、平野政吉美術館は、藤田嗣治の大壁画「秋田の行事」が圧倒的な主役の美術館なのである。

 もし、平野政吉美術館が閉館という形で使命を終えようとするならば、それは「秋田の行事」美術館の終焉を意味する。
 もし、この美術館の展示室の他の目的の使用を試みるならば、建物の有効利用の観点から考えて誤りであり、邪道だろう。
 美術館建設の主人公で、完成した美術館を「世界一の美術館」であると誇りにしていた平野政吉、そして、この美術館建設に際し、数々の助言を平野に送った藤田嗣治が許諾することは決して有り得ないだろう。

 平野政吉は、幼少期から美術館建設の夢を持ち続け、私財5000万円を投じ(当時の金額、総額は2億3千万円)、天井からの採光形式、「秋田の行事」の展示方法などに藤田嗣治の助言を受け、1967年(昭和42年)に秋田県立美術館・平野政吉美術館を開館させた。
 藤田は、平野や平野の親族に何度も会い、美術館の設計へのアドバイスを送り、美術館の建設を心待ちにし、喜んでいたことが、残された手紙や証言などで明らかになっている。

 秋田県立美術館・平野政吉美術館の開館に喜び、感謝した者の一人として、この一人の世界的な画家と、秋田が生んだ偉大なコレクターの歴史を刻んだ美術館を、世界中の愛好家や、藤田嗣治ファン、後世の人々に伝えていくべきであると改めて強く訴えたい。



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藤田嗣治は、壁画「秋田の行事」が完成した当時から、美術館は、自然光による採光形式にしたいという意向を持っていた。
1963年、平野政吉の親族に渡した美術館のイメージ図にも、壁画を大空間に展示し、上方から自然光を取り入れるよう描かれている。
1966年5月、美術館建設の報告に訪れた平野政吉に、美術館の屋根は採光の形式にするよう、助言している。

(参照 … 発見された「幻の藤田美術館」の設計図と、現県立美術館への藤田の助言を示すメモと手紙
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(2015年9月)



新県立美術館に移された「秋田の行事」を観た方々から、

以前より展示室が狭くなった。
「秋田の行事」が、窮屈で縮んで見える。
階上の左右から見ることが出来なくなった。
照明の照り返しがきつい。
2階から見ると目線から高すぎる。3階から眺めると壁画が低すぎる。
展示室に奥行きがなく、この壁画の迫力が全く感じられない。
以前は圧倒するほどの存在感があったが、この絵の輝きが失われた。
新しい建物の現代的な感じと秋田の行事が違和感ある。
あそこへ行きさえすれば、という大きな拠り所が失われた。

などの声が上がっています。
(2014年2月)




 「秋田の行事」は8月31日に、平野政吉と藤田嗣治が一体となり建てた現県立美術館(平野政吉美術館)から移設されました。これは、世界に誇れる貴重な文化遺産を崩壊させる、非常に愚かな行為であり、一秋田県民として、強く非難致します。
(2013年8月31日)



 現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、建物を活用を検討していながら、2013年6月30日で閉館扱いとなりました。
 平野政吉と藤田嗣治が一体になり、実現させた現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、後世の人々、美術愛好家、若者達、藤田嗣治ファンのためにも残すべきです。
(2013年8月1日)



 現秋田県立美術館(平野政吉美術館)の大展示室は、「秋田の行事」のためにレオナール・フジタ(藤田嗣治)が助言したものです。
 

 ― 藤田は、「秋田の行事」を礼拝堂のような大空間で観るよう助言し、建物の上方から自然光を採り入れ、壁画に降り注ぐよう助言しました。また、壁画を床から1.8メートルの位置に上げ、両端を少しずつせり出して据え付けたのも、臨場感を狙い、藤田がこの絵に最も良い展示方法を指示したものです。藤田の理念が強く反映されている美術館、展示室は後世に伝えていくべきです。
(2013年5月15日)


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  • 2013.06.17(02:45)|メッセージ||TOP↑
    2013.06.13
     1930年代、藤田嗣治は、20年近く居たパリを離れ、ブラジル、アルゼンチン、ボリビア、ペルー、メキシコなどの中南米を旅し、国内では、東北、日本海側、沖縄、さらに、中国、東南アジアを旅した。
     藤田は、ヨーロッパとは異なる文化に触れ、非ヨーロッパ的世界に暮らす人々の営みを躍動的に色彩豊かに描き上げた。
     この時代の藤田の作品について、美術評論家の清水敏男さんは、

     「フジタは日本の風物、北京の人間、沖縄の生活を描いたが、その絶頂に位置するのが秋田の平野邸で描いた《秋田年中行事》(1937年、秋田・平野政吉美術館蔵)であろう。この時期フジタは東京、大阪、京都の各地で壁画を描いているが、その規模といい内容といい秋田の壁画に匹敵するものはない」(1988年、レオナール・フジタ展図録)

    と、平野政吉美術館の「秋田の行事」を絶賛している。さらに平野政吉美術館では、北京の風俗を描いた「北平の力士」、沖縄の人々を描いた「客人(糸満)」も展示、公開している。

     さらに、1967年(昭和42年)に開館した平野政吉美術館について、「藤田嗣治芸術試論」(三好企画、2004年)の著者、夏掘全弘さんは

    「 …… 西展示室及び小展示室の素描や日本画の線の骨組みが、おのずから大展示室において数多くの大作に開花するプロセスが大自然のハーモニーのように無理なく見られ、世界の巨匠フジタの力量を存分に見せてくれる」(「藤田嗣治芸術試論」三好企画、2004年、450ページ)

    と、賞賛している。

     藤田の助言を受けた礼拝堂を思わせる大空間、天井からの採光形式など、顕著な特徴を持つ平野政吉美術館だが、藤田嗣治研究の第一人者たちからも賞賛された美術館なのである。

     この美術館から「秋田の行事」など、藤田作品を移してよいのか。
     秋田県は、この美術館の展示室を6月末で閉じるつもりのようだが、先人が悲しみ、後の世の人から批判され惜しまれるような愚かな行為は、止めるべきであると痛切に思う。




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    1963年、平野政吉の親族に渡した美術館のイメージ図にも、壁画を大空間に展示し、上方から自然光を取り入れるよう描かれている。
    1966年5月、美術館建設の報告に訪れた平野政吉に、美術館の屋根は採光の形式にするよう、助言している。

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    新県立美術館に移された「秋田の行事」を観た方々から、

    以前より展示室が狭くなった。
    「秋田の行事」が、窮屈で縮んで見える。
    階上の左右から見ることが出来なくなった。
    照明の照り返しがきつい。
    2階から見ると目線から高すぎる。3階から眺めると壁画が低すぎる。
    展示室に奥行きがなく、この壁画の迫力が全く感じられない。
    以前は圧倒するほどの存在感があったが、この絵の輝きが失われた。
    新しい建物の現代的な感じと秋田の行事が違和感ある。
    あそこへ行きさえすれば、という大きな拠り所が失われた。

    などの声が上がっています。
    (2014年2月)




     「秋田の行事」は8月31日に、平野政吉と藤田嗣治が一体となり建てた現県立美術館(平野政吉美術館)から移設されました。これは、世界に誇れる貴重な文化遺産を崩壊させる、非常に愚かな行為であり、一秋田県民として、強く非難致します。
    (2013年8月31日)



     現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、建物を活用を検討していながら、2013年6月30日で閉館扱いとなりました。
     平野政吉と藤田嗣治が一体になり、実現させた現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、後世の人々、美術愛好家、若者達、藤田嗣治ファンのためにも残すべきです。
    (2013年8月1日)



     現秋田県立美術館(平野政吉美術館)の大展示室は、「秋田の行事」のためにレオナール・フジタ(藤田嗣治)が助言したものです。
     

     ― 藤田は、「秋田の行事」を礼拝堂のような大空間で観るよう助言し、建物の上方から自然光を採り入れ、壁画に降り注ぐよう助言しました。また、壁画を床から1.8メートルの位置に上げ、両端を少しずつせり出して据え付けたのも、臨場感を狙い、藤田がこの絵に最も良い展示方法を指示したものです。藤田の理念が強く反映されている美術館、展示室は後世に伝えていくべきです。
    (2013年5月15日)


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  • 2013.06.13(08:00)|未分類||TOP↑
    2013.06.02
     秋田県では、1967年(昭和42年)以来、県内外の人々に親しまれてきた現秋田県立美術館・平野政吉美術館を6月末で閉館し、収蔵作品をすべて昨年完成の新県立美術館に移す予定と言われているが、国内には、古い美術館と新築の美術館の共存を図り、見事に成功している地域がある。

     石川県金沢市では、かつて金沢大学附属中学校・小学校・幼稚園があった場所に、2004年(平成16年)10月9日に、金沢21世紀美術館が開館した。
     この美術館の建設に際して、すぐ近くに石川県立美術館があるのに金沢市の美術館を作って何になる、税金の無駄遣いだとの意見が県民の間で多かったとのことだが、完成した美術館は、どこにもない斬新な美術館として、県民だけでなく、県外からも多くの人々を引きつけている。

     金沢市の中心部に位置するこの美術館の周囲には、石川県立美術館のほか、金沢能楽美術館、石川近代文学館、石川県立歴史博物館など様々なテーマの文化施設があり、各々が相乗効果を生み出し、金沢市の「文化ゾーン」を形成していると言う。

     そのうち、石川県立美術館は、石川県の芸術的個性を生かした地方色豊かな美術館を理念として運営され、石川県ゆかりの古美術品から現代作品までを収蔵している。加賀蒔絵、古九谷から再興九谷までの九谷焼、人間国宝を中心とする伝統工芸作品などに特徴があり、野々村仁清作の国宝「色絵雉香炉」、重要文化財「色絵雌雉香炉」なども展示している。

     これに対し、金沢21世紀美術館は、モントリオール美術館、インディアナポリス美術館の東洋部長などの経験がある蓑豊館長の下に運営され、全面ガラス張りで東西南北4か所の出入口から、自由に敷地内へ立ち入りが出来る、斬新な構造の美術館として、県民や県外の人にも人気を集めている、現代美術の美術館である。
     また、「交流ゾーン」と呼ばれるイベント施設も作られ、娯楽映画の上映会、音楽会など多彩なジャンルの催し物を次々と企画し、多くの入場者を呼び込んでいると言う。

     このような全く基本理念の異なる二つのタイプの美術館が、金沢市では、共存し、相乗効果も生み、県民に受け入れられ、街全体に賑わいをもたらしている。

     秋田市では、昨年、中通一丁目再開発地区に、新秋田県立美術館が作られたが、この美術館は、現県立美術館・平野政吉美術館にある藤田嗣治「秋田の行事」など平野政吉コレクションを移転させることを中心に考えられただけの新築であって、理念が希薄であり、今後が危ぶまれる。
     
    二人の想いが籠められた美術館で、「秋田の行事」、藤田嗣治作品を観ることの重要性

     「秋田の行事」の制作依頼者であり、美術館の全作品の寄贈者である平野政吉が、藤田嗣治との交友の中で、藤田から直接受けた数々の助言を活かして建設された現秋田県立美術館・平野政吉美術館の文化的な価値を深く認識すれば、この美術館は今後も残すべきである。
     藤田嗣治と平野政吉の交友の歴史と、二人の想いが籠められている美術館で、「秋田の行事」を始めとする藤田嗣治作品を観ることは、藤田嗣治作品を観賞する者にとって極めて重要な意味を持つことである。

     建設された安藤忠雄氏設計の新県立美術館は、周囲にない現代美術を中心とした展示の美術館にするのが、最も良いことではないか。
     金沢21世紀美術館だけでなく、青森県十和田市現代美術館、安藤氏設計の代表的な美術館である、香川県直島の地中美術館も、現代美術を活かした展示によって成功していることは広く知られている。

    秋田市に新たな「文化ゾーン」を形成するチャンス

     秋田市中通二丁目には、岡田謙三作品などを展示した秋田市立千秋美術館・岡田謙三記念館もあり、「秋田の行事」などの藤田嗣治作品を収蔵、展示する現県立美術館・平野政吉美術館、現代美術を中心として、様々な企画展、イベントを開催する新美術館とともに、千秋公園、中通一・二丁目地区を、「文化ゾーン」として全国に売り込むチャンスだと捉えるべきである。さらに、千秋公園二の丸には、秋田市立佐竹史料館もある。

     先人から受け継いだ文化と新しく創造する文化が融合した地区、「文化ゾーン」を秋田市に作る絶好のチャンスであり、その意味でも、平野政吉コレクションを所蔵、展示する現県立美術館・平野政吉美術館は、欠くことができない存在であり、新美術館を、従来の美術館の枠に囚われないユニークなものにすることも重要である。

    後援会や民間企業や個人からの寄付金導入などで、経営改善を

     一方で、現県立美術館・平野政吉美術館の運営は、赤字の状態が続き、ある記事によると、年間4000万円の赤字であった言う。

    「財団では管理費に年間5000万円かかる。しかし収入は入場料と貸しホールの利用料を合わせて1000万円ほどで4000万円の赤字になる。残りは県から補助をいただいている」(平成22年1月8日、週刊アキタ)

     全国の地方美術館が厳しい経営状態にある中、岡山県倉敷市の大原美術館は、地域や社会に対してメッセージを発しながら活動をしていく、展示だけではない活動する美術館の運営理念の下、安定した経営状態だという。
     所蔵作品の保存・修復などを支援する後援会があるほか、さらに海外の美術館と同様な寄付金制度も取り入れ、経営改善に取り組んでいるとのことだ。

     平野政吉美術館の創設者・平野政吉は、戦前、昭和13年に最初に美術館建設に取り掛かった時、昭和5年に開館した大原美術館を強く意識していたと言う。
     今日の現県立美術館・平野政吉美術館の経営や運営理念においても、大原美術館の取り組みで学ぶべき所が多いのではないか。

     現県立美術館・平野政吉美術館、新美術館の運営も、県民や県外からの来館者に受け入れられる新たな理念と、従来のような県の補助に頼る姿勢から脱却が必要だろうし、厳しい経営感覚が求められるだろう。
     後援会や民間企業や個人からの寄付金の受け入れも、今後は当然考える必要があるのではないか。

     また、新聞記事によると、県立美術館の学芸員を6人に増員するとのことであるが、数人程度に抑えるべきではないか。その結果、年間2~3000万円位は、捻出できるはずである。

     また、一過性の効果を求めるだけで、長期的には期待できない広報宣伝事業に傾注するより、他にはない独自の美術館運営理念と、タイプの異なる美術館から形成された「文化ゾーン」としての街づくりの構築が、新しい街と秋田市に魅力を生み、人を呼び込むものと確信する。

    オリジナルの、本来の「秋田の行事」の姿を全国から来た人々に観せるべきである

     また、新県立美術館において、9月に「秋田の行事」の企画展、12月に藤田嗣治渡仏100周年記念展(全国巡回展)が、予定されていると目にしたが、これらの企画展において、現県立美術館・平野政吉美術館の大展示室の「秋田の行事」を全国からの来観者の方々にお見せすべきである。

     藤田嗣治が望み、指示した大空間、自然光が柔らかく照らす館内で、藤田がアドバイスした展示方法を取っている、オリジナルの、本来の「秋田の行事」の姿を見せるべきである。

     最後に、現秋田県立美術館・平野政吉美術館の館内の照明が、あくまで主観だが、数十年前頃と比べ、暗くなっていることが気になる。適切な照明に改善すべきであることを要望しておきたい。




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    2階から見ると目線から高すぎる。3階から眺めると壁画が低すぎる。
    展示室に奥行きがなく、この壁画の迫力が全く感じられない。
    以前は圧倒するほどの存在感があったが、この絵の輝きが失われた。
    新しい建物の現代的な感じと秋田の行事が違和感ある。
    あそこへ行きさえすれば、という大きな拠り所が失われた。

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     ― 藤田は、「秋田の行事」を礼拝堂のような大空間で観るよう助言し、建物の上方から自然光を採り入れ、壁画に降り注ぐよう助言しました。また、壁画を床から1.8メートルの位置に上げ、両端を少しずつせり出して据え付けたのも、臨場感を狙い、藤田がこの絵に最も良い展示方法を指示したものです。藤田の理念が強く反映されている美術館、展示室は後世に伝えていくべきです。
    (2013年5月15日)


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  • 2013.06.02(19:35)|提言、意見||TOP↑
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