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藤田嗣治は、壁画「秋田の行事」が完成した当時から、美術館は、自然光による採光形式にしたいという意向を持っていた。
1963年、平野政吉の親族に渡した美術館のイメージ図にも、壁画を大空間に展示し、上方から自然光を取り入れるよう描かれている。
1966年5月、美術館建設の報告に訪れた平野政吉に、美術館の屋根は採光の形式にするよう、助言している。

(参照 … 発見された「幻の藤田美術館」の設計図と、現県立美術館への藤田の助言を示すメモと手紙
平野政吉美術館(秋田県立美術館)の採光について
開催中の企画展「藤田嗣治の祈り 平野政吉の夢」 …… 「なぜ この美術館が閉館なのか?」という疑問

(2015年9月)



新県立美術館に移された「秋田の行事」を観た方々から、

以前より展示室が狭くなった。
「秋田の行事」が、窮屈で縮んで見える。
階上の左右から見ることが出来なくなった。
照明の照り返しがきつい。
2階から見ると目線から高すぎる。3階から眺めると壁画が低すぎる。
展示室に奥行きがなく、この壁画の迫力が全く感じられない。
以前は圧倒するほどの存在感があったが、この絵の輝きが失われた。
新しい建物の現代的な感じと秋田の行事が違和感ある。
あそこへ行きさえすれば、という大きな拠り所が失われた。

などの声が上がっています。
(2014年2月)




 「秋田の行事」は8月31日に、平野政吉と藤田嗣治が一体となり建てた現県立美術館(平野政吉美術館)から移設されました。これは、世界に誇れる貴重な文化遺産を崩壊させる、非常に愚かな行為であり、一秋田県民として、強く非難致します。
(2013年8月31日)



 現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、建物を活用を検討していながら、2013年6月30日で閉館扱いとなりました。
 平野政吉と藤田嗣治が一体になり、実現させた現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、後世の人々、美術愛好家、若者達、藤田嗣治ファンのためにも残すべきです。
(2013年8月1日)



 現秋田県立美術館(平野政吉美術館)の大展示室は、「秋田の行事」のためにレオナール・フジタ(藤田嗣治)が助言したものです。
 

 ― 藤田は、「秋田の行事」を礼拝堂のような大空間で観るよう助言し、建物の上方から自然光を採り入れ、壁画に降り注ぐよう助言しました。また、壁画を床から1.8メートルの位置に上げ、両端を少しずつせり出して据え付けたのも、臨場感を狙い、藤田がこの絵に最も良い展示方法を指示したものです。藤田の理念が強く反映されている美術館、展示室は後世に伝えていくべきです。
(2013年5月15日)


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秋田県立美術館(平野政吉美術館)の閉館、大壁画「秋田の行事」展示室の閉鎖及び「秋田の行事」、藤田嗣治作品の移転について
美の巨人たち 藤田嗣治 「秋田の行事 」 ― 視聴出来なかった秋田県の方々に、一部誌上再現!
現秋田県立美術館(平野政吉美術館)に展示されている藤田嗣治「秋田の行事」


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ご挨拶 … 現秋田県立美術館(平野政吉美術館)を、藤田嗣治「秋田の行事」、藤田嗣治作品の恒久的な展示、鑑賞の場に
平野政吉と藤田嗣治の交友の歴史
現秋田県立美術館(平野政吉美術館)の丸い採光窓

提言:新秋田県立美術館は、収蔵作品を持たない企画展に特化した美術館にすべきである。
現秋田県立美術館の展示室が優れているこれだけの理由


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    2012.06.25
     6月23日、テレビ東京で放送された「美の巨人たち 『藤田嗣治 秋田の行事』」が、7月22日(日)(夜7時30分~8時)にBSジャパンで放送されます。テレビ東京系列局がなく、視聴出来なかった地域の方もご覧になれます。

     パリを舞台に、「乳白色の肌」で一世を風靡した藤田嗣治が、その絶頂期に、描いた壁画「欧人日本への渡来の図」。
     その後、藤田はパリでの栄光を捨て、2年に及ぶ南米への放浪の旅に出かけ、メキシコで壁画運動と出会い、感銘を受けた。
     帰国した藤田は、秋田の資産家・平野政吉から美術館建設構想を聞き、そこに飾る壁画を制作することになった。
     藤田は半年掛け、構想を深めていき、174時間という驚異的なスピードで、縦3.65メートル、横20.5メートルの大壁画を完成させた。
     完成した絵には、パリ時代の「乳白色」は見当たらず、秋田の人々の暮らし、熱狂の祭りが鮮やかな色彩で描かれていた ― 。
     放浪の旅を終え、藤田が得たものは何であったのか ― 。
     大壁画「秋田の行事」に込められた藤田の思いに迫ります。

     番組では、「眠れる女」などに見られる藤田の「乳白色」の技法を再現したり、「秋田の行事」の両脇が少しずつ迫り出し、湾曲している理由にも迫っています。正面に立って観ると、絵が右奥、正面奥、左奥へとパノラマのように見えるのです。藤田画伯はこの臨場感を狙っていたようです。

     6月23日(土)(夜10時~10時30分)のテレビ東京の放送終了から24時間で、下記の当ブログ関連サイトに、前日比約60倍のアクセスが全国各地からありました。大きな反響があったようです。
     視聴出来なかった藤田嗣治ファン、美術愛好の方、是非ご覧ください。


    Creative Akita(前日比59倍のアクセス)
      藤田嗣治「秋田の行事」と平野政吉美術館は一体の文化遺産 お薦め記事

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    藤田嗣治が助言した平野政吉美術館の採光
    発見された藤田嗣治の日記と「秋田への思い」、「秋田の行事」、「美術館建設」




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    などの声が上がっています。
    (2014年2月)




     「秋田の行事」は8月31日に、平野政吉と藤田嗣治が一体となり建てた現県立美術館(平野政吉美術館)から移設されました。これは、世界に誇れる貴重な文化遺産を崩壊させる、非常に愚かな行為であり、一秋田県民として、強く非難致します。
    (2013年8月31日)



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     平野政吉と藤田嗣治が一体になり、実現させた現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、後世の人々、美術愛好家、若者達、藤田嗣治ファンのためにも残すべきです。
    (2013年8月1日)



     現秋田県立美術館(平野政吉美術館)の大展示室は、「秋田の行事」のためにレオナール・フジタ(藤田嗣治)が助言したものです。
     

     ― 藤田は、「秋田の行事」を礼拝堂のような大空間で観るよう助言し、建物の上方から自然光を採り入れ、壁画に降り注ぐよう助言しました。また、壁画を床から1.8メートルの位置に上げ、両端を少しずつせり出して据え付けたのも、臨場感を狙い、藤田がこの絵に最も良い展示方法を指示したものです。藤田の理念が強く反映されている美術館、展示室は後世に伝えていくべきです。
    (2013年5月15日)


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  • 2012.06.25(20:25)|インフォメーション||TOP↑
    2012.06.21
     俳優・小林薫さんのナレーションで、1枚の絵(彫像、建築物)にスポットを当て、そこに秘められたドラマや謎に迫る、テレビ東京の番組「美の巨人たち」(毎週土曜日、夜10時00分~夜10時30分)で、6月23日、秋田市平野政吉美術館の藤田嗣治「秋田の行事」が放送されます。
     藤田嗣治はパリを舞台に、透明感溢れる「乳白色の肌」で一世を風靡しましたが、秋田の地で描いた大壁画「秋田の行事」は、雪の白、空の青、祭りの赤といった色彩鮮やかな描写へと変化しました。その変化に秘められた謎、大壁画に込められた藤田の思いに迫ります。
     「秋田の行事」は、1937年(昭和12年)、制作依頼者で、収集家であった秋田市の平野政吉の米蔵で描かれ、1967年(昭和42年)にこの絵のために建てられた平野政吉美術館(秋田県立美術館)に収蔵、公開されています。 
     縦3m65cm、横20m50cmもある大壁画で、「門外不出」の作でもあります。テレビ放送されることも非常に稀です。
     テレビ東京系列の局などで放送をご覧になれる地域の方は、是非ご覧ください。秋田など、視聴できない地域の方は、BSジャパンで、毎週日曜日の夜7時30分~8時00分に、遅れて放送される場合があるので期待しましょう。



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    1963年、平野政吉の親族に渡した美術館のイメージ図にも、壁画を大空間に展示し、上方から自然光を取り入れるよう描かれている。
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    (2015年9月)



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    以前より展示室が狭くなった。
    「秋田の行事」が、窮屈で縮んで見える。
    階上の左右から見ることが出来なくなった。
    照明の照り返しがきつい。
    2階から見ると目線から高すぎる。3階から眺めると壁画が低すぎる。
    展示室に奥行きがなく、この壁画の迫力が全く感じられない。
    以前は圧倒するほどの存在感があったが、この絵の輝きが失われた。
    新しい建物の現代的な感じと秋田の行事が違和感ある。
    あそこへ行きさえすれば、という大きな拠り所が失われた。

    などの声が上がっています。
    (2014年2月)




     「秋田の行事」は8月31日に、平野政吉と藤田嗣治が一体となり建てた現県立美術館(平野政吉美術館)から移設されました。これは、世界に誇れる貴重な文化遺産を崩壊させる、非常に愚かな行為であり、一秋田県民として、強く非難致します。
    (2013年8月31日)



     現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、建物を活用を検討していながら、2013年6月30日で閉館扱いとなりました。
     平野政吉と藤田嗣治が一体になり、実現させた現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、後世の人々、美術愛好家、若者達、藤田嗣治ファンのためにも残すべきです。
    (2013年8月1日)



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     ― 藤田は、「秋田の行事」を礼拝堂のような大空間で観るよう助言し、建物の上方から自然光を採り入れ、壁画に降り注ぐよう助言しました。また、壁画を床から1.8メートルの位置に上げ、両端を少しずつせり出して据え付けたのも、臨場感を狙い、藤田がこの絵に最も良い展示方法を指示したものです。藤田の理念が強く反映されている美術館、展示室は後世に伝えていくべきです。
    (2013年5月15日)


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  • 2012.06.21(00:41)|インフォメーション||TOP↑
    2012.06.12
     秋田市中通の再開発地区(エリアなかいち)のマスコットキャラクターは与次郎というキツネだと言う。秋田市千秋公園内の八幡秋田神社の隣にひっそり佇む稲荷神社、與次郎稲荷神社に祭られている「与次郎」がモデルとのことだ。伝説では、与次郎は並外れた能力を持つ、飛脚に姿を変えたキツネであったが、その能力を妬んだ仲間に殺害され、その後、霊を慰めるため、藩主によって祭られたとのこと。今は閑静な千秋公園の片隅に人知れずひっそりと安らかに祭られている。この「与次郎」を賑々しい再開発地区、商業地区のキャラクターに引っ張り出すとのことだ。イベントなども企画されているようだ。与次郎もさぞ困惑していることだろう。秋田市の街の賑わいづくりにはミスマッチなキャラクターである。



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    (2013年8月1日)



     現秋田県立美術館(平野政吉美術館)の大展示室は、「秋田の行事」のためにレオナール・フジタ(藤田嗣治)が助言したものです。
     

     ― 藤田は、「秋田の行事」を礼拝堂のような大空間で観るよう助言し、建物の上方から自然光を採り入れ、壁画に降り注ぐよう助言しました。また、壁画を床から1.8メートルの位置に上げ、両端を少しずつせり出して据え付けたのも、臨場感を狙い、藤田がこの絵に最も良い展示方法を指示したものです。藤田の理念が強く反映されている美術館、展示室は後世に伝えていくべきです。
    (2013年5月15日)


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  •    tag : 秋田市 再開発

    2012.06.12(23:39)|短評||TOP↑
    2012.06.12
     秋田市中通の再開発事業にも関わっている大手建設会社のテレビコマーシャルを少し前に見た。子供達が大勢登場し、子供達が歌い、自社が関わった事業の映像を流し、「子供に誇れる仕事を」と言うキャッチコピーが流れるものであった。そのCMを見て、この建設会社が、秋田市中通再開発で、いつのまにか再開発事業の組合員になり、組合に数億円融資し、この事業の建設を競争なしで請け負ったことを思い出した。あれは子供に誇れる手法だったのかと。最新の建造物に無邪気な子供が喜ぶのは当然だ。子供騙しという言葉もある。彼らは「地域住民に誇れる仕事を」「子供が大人になった時に誇れる仕事を」するべきである。



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    新県立美術館に移された「秋田の行事」を観た方々から、

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    階上の左右から見ることが出来なくなった。
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    2階から見ると目線から高すぎる。3階から眺めると壁画が低すぎる。
    展示室に奥行きがなく、この壁画の迫力が全く感じられない。
    以前は圧倒するほどの存在感があったが、この絵の輝きが失われた。
    新しい建物の現代的な感じと秋田の行事が違和感ある。
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    などの声が上がっています。
    (2014年2月)




     「秋田の行事」は8月31日に、平野政吉と藤田嗣治が一体となり建てた現県立美術館(平野政吉美術館)から移設されました。これは、世界に誇れる貴重な文化遺産を崩壊させる、非常に愚かな行為であり、一秋田県民として、強く非難致します。
    (2013年8月31日)



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    (2013年8月1日)



     現秋田県立美術館(平野政吉美術館)の大展示室は、「秋田の行事」のためにレオナール・フジタ(藤田嗣治)が助言したものです。
     

     ― 藤田は、「秋田の行事」を礼拝堂のような大空間で観るよう助言し、建物の上方から自然光を採り入れ、壁画に降り注ぐよう助言しました。また、壁画を床から1.8メートルの位置に上げ、両端を少しずつせり出して据え付けたのも、臨場感を狙い、藤田がこの絵に最も良い展示方法を指示したものです。藤田の理念が強く反映されている美術館、展示室は後世に伝えていくべきです。
    (2013年5月15日)


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    現秋田県立美術館(平野政吉美術館)の丸い採光窓

    提言:新秋田県立美術館は、収蔵作品を持たない企画展に特化した美術館にすべきである。
    現秋田県立美術館の展示室が優れているこれだけの理由


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  •    tag : 秋田市 再開発

    2012.06.12(21:43)|短評||TOP↑
    2012.06.11
     テレビ番組などで活躍の片岡鶴太郎さんが、ご自身の心の世界を紡いだ作品の数々を展示した「片岡鶴太郎展 艶葉樹(つやばき)」のため、秋田を訪れ、その様子をブログで語っていた。その中で、平野政吉美術館を訪れ、藤田嗣治の「秋田の行事」を鑑賞されたことに触れ、「圧巻です。 これだけの大作、この構図、この構成、描かれている人々が、生き生きしております。 藤田の表現力に感服です。 秋田へお越しの際は是非御覧下さい」 (片岡鶴太郎日記「精霊椿」より)と絶賛し、語っておられた。ご自身で絵筆を執られている鶴太郎さんにとっても、平野政吉美術館の「秋田の行事」は感動的であったようです。鶴太郎さんも千秋公園の散歩がてらに美術館を訪れ、鑑賞されています。秋田駅周辺のホテルに宿泊の観光客にとって、現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は千秋公園を散策しながら訪れることのできる、利便性もある、魅力的な美術館のようです。このままの形でこれからもこの美術館を残していくべきである。
     「片岡鶴太郎展 艶葉樹(つやばき)」の会場(秋田市・アトリオン、6月22日まで)と平野政吉美術館は数百メートルの距離しかありませんので、併せて鑑賞すればより楽しめることでしょう。



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    藤田嗣治は、壁画「秋田の行事」が完成した当時から、美術館は、自然光による採光形式にしたいという意向を持っていた。
    1963年、平野政吉の親族に渡した美術館のイメージ図にも、壁画を大空間に展示し、上方から自然光を取り入れるよう描かれている。
    1966年5月、美術館建設の報告に訪れた平野政吉に、美術館の屋根は採光の形式にするよう、助言している。

    (参照 … 発見された「幻の藤田美術館」の設計図と、現県立美術館への藤田の助言を示すメモと手紙
    平野政吉美術館(秋田県立美術館)の採光について
    開催中の企画展「藤田嗣治の祈り 平野政吉の夢」 …… 「なぜ この美術館が閉館なのか?」という疑問

    (2015年9月)



    新県立美術館に移された「秋田の行事」を観た方々から、

    以前より展示室が狭くなった。
    「秋田の行事」が、窮屈で縮んで見える。
    階上の左右から見ることが出来なくなった。
    照明の照り返しがきつい。
    2階から見ると目線から高すぎる。3階から眺めると壁画が低すぎる。
    展示室に奥行きがなく、この壁画の迫力が全く感じられない。
    以前は圧倒するほどの存在感があったが、この絵の輝きが失われた。
    新しい建物の現代的な感じと秋田の行事が違和感ある。
    あそこへ行きさえすれば、という大きな拠り所が失われた。

    などの声が上がっています。
    (2014年2月)




     「秋田の行事」は8月31日に、平野政吉と藤田嗣治が一体となり建てた現県立美術館(平野政吉美術館)から移設されました。これは、世界に誇れる貴重な文化遺産を崩壊させる、非常に愚かな行為であり、一秋田県民として、強く非難致します。
    (2013年8月31日)



     現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、建物を活用を検討していながら、2013年6月30日で閉館扱いとなりました。
     平野政吉と藤田嗣治が一体になり、実現させた現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、後世の人々、美術愛好家、若者達、藤田嗣治ファンのためにも残すべきです。
    (2013年8月1日)



     現秋田県立美術館(平野政吉美術館)の大展示室は、「秋田の行事」のためにレオナール・フジタ(藤田嗣治)が助言したものです。
     

     ― 藤田は、「秋田の行事」を礼拝堂のような大空間で観るよう助言し、建物の上方から自然光を採り入れ、壁画に降り注ぐよう助言しました。また、壁画を床から1.8メートルの位置に上げ、両端を少しずつせり出して据え付けたのも、臨場感を狙い、藤田がこの絵に最も良い展示方法を指示したものです。藤田の理念が強く反映されている美術館、展示室は後世に伝えていくべきです。
    (2013年5月15日)


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  • 2012.06.11(23:31)|インフォメーション||TOP↑
    2012.06.09
     建築家・安藤忠雄氏の講演会が、7月22日に、県の主催でまたもや行われると言う。安藤氏の講演会は、昨年7月8日にもあったばかりで、県の主催ではなかったが2009年5月10日にも秋田市であった。新秋田県立美術館の設計者であったと言う理由からだと思うが、これほど頻繁に行われると、この新県立美術館の新築は、一体何のため、誰のためのものであったのか、改めて考えさせられる。安藤忠雄氏はとにかく講演会の多い人である。無論、依頼を受けたからであろうが、今年の4月~6月だけで、予定も含め、17件の講演を行っている。調べてみると、昨年一年間だけで74件の講演会に出演している。講演料は1件あたり100万円~150万円が相場のようなので、年間では7400万円~1億1100万円か。講演会と再開発事業や美術館建設がセットになっている例も多い。山梨県北社市、清春芸術村の「光の美術館」建設でも昨年の完成記念講演に続き、今年4月29日に開館1周年記念講演会が行われている。特定の建築家を偏重する風潮は改めるべきではないか。剥き出しのコンクリートに寒々とした印象を持つ人も多い。新しい街づくりの主役は、建築家や建物ではない。「安藤忠雄氏なら進めたい」と前知事が表明し、県民の見直し要求を無視し、「安藤氏による計画を白紙にすれば、県の信頼が失われる可能性がある」との理由で、現知事が進めたこの再開発、新美術館建設は誰のためのものであったのか。


    (参考) 安藤忠雄 講演会情報  安藤忠雄 講演料金の目安

    新県立美術館建設は何のため、誰のためであったのか、疑問に思う方、クリックを
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    現秋田県立美術館(平野政吉美術館)について


     現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、移転の必要がない。この美術館から、大壁画「秋田の行事」を始めとする藤田嗣治作品を移設することは、建物と藤田嗣治作品の文化的価値を損なうものであり、同時に秋田県、秋田県民の利益を損なうものである。
     現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は従来通り、平野政吉が生涯を懸け収集した藤田嗣治作品の展示、鑑賞の場として末永く後世に伝えるべきである。





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    1963年、平野政吉の親族に渡した美術館のイメージ図にも、壁画を大空間に展示し、上方から自然光を取り入れるよう描かれている。
    1966年5月、美術館建設の報告に訪れた平野政吉に、美術館の屋根は採光の形式にするよう、助言している。

    (参照 … 発見された「幻の藤田美術館」の設計図と、現県立美術館への藤田の助言を示すメモと手紙
    平野政吉美術館(秋田県立美術館)の採光について
    開催中の企画展「藤田嗣治の祈り 平野政吉の夢」 …… 「なぜ この美術館が閉館なのか?」という疑問

    (2015年9月)



    新県立美術館に移された「秋田の行事」を観た方々から、

    以前より展示室が狭くなった。
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    以前は圧倒するほどの存在感があったが、この絵の輝きが失われた。
    新しい建物の現代的な感じと秋田の行事が違和感ある。
    あそこへ行きさえすれば、という大きな拠り所が失われた。

    などの声が上がっています。
    (2014年2月)




     「秋田の行事」は8月31日に、平野政吉と藤田嗣治が一体となり建てた現県立美術館(平野政吉美術館)から移設されました。これは、世界に誇れる貴重な文化遺産を崩壊させる、非常に愚かな行為であり、一秋田県民として、強く非難致します。
    (2013年8月31日)



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    (2013年8月1日)



     現秋田県立美術館(平野政吉美術館)の大展示室は、「秋田の行事」のためにレオナール・フジタ(藤田嗣治)が助言したものです。
     

     ― 藤田は、「秋田の行事」を礼拝堂のような大空間で観るよう助言し、建物の上方から自然光を採り入れ、壁画に降り注ぐよう助言しました。また、壁画を床から1.8メートルの位置に上げ、両端を少しずつせり出して据え付けたのも、臨場感を狙い、藤田がこの絵に最も良い展示方法を指示したものです。藤田の理念が強く反映されている美術館、展示室は後世に伝えていくべきです。
    (2013年5月15日)


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  • 2012.06.09(01:30)|評論||TOP↑
    2012.06.07
     秋田市中通再開発地区に建設中の新県立美術館の学芸員・学芸主事が、2013年秋以降、現行の1人から6人に増員されると言う。現在は県立美術館に指定管理者の学芸員が1人いるだけとのことだが、県教育委員会が6倍増(県教委職員4人、指定管理者職員2人)に増員する予定であるとのことだ。これだけの増員が必要なのだろうか。行財政改革、人件費の削減が求められる時に、時代に逆行する大幅増員ではないか。総務省の地方公務員給与実態調査を元に試算された資料によると、2010年の秋田県職員(一般行政職)の平均年収は、649.3万円である。この数字を当てはめると5人の増員は、年間3246.5万円の支出増となる。これだけの県費支出に見合う効果が期待できるとは到底思われない。昨年夏頃に、地元紙が社説で「学芸員の人員を軸に、運営体制を拡充するべきだ」と書いていたが、まるで地元紙の要望を採り入れたかのような大幅増員である。また県教委は、新美術館開館準備事業費と暫定オープン事業費として本年度予算に6149万円を計上している。この予算は、PR活動やオープニング記念イベントなどに使われるようだ。オープニングイベントに多大な投資をすることにどんな意味があるのか。学芸員増員分と合わせ、概ね1億円も出費されることになる。このような予算計上は秋田県財政をさらに逼迫させる要因に繋がり兼ねないのではないか。秋田県財政の現状を考慮した予算計上とはとても思われない。


    学芸員6人に増員は必要ないと思われる方、クリックを
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    現秋田県立美術館(平野政吉美術館)について


     現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、移転の必要がない。この美術館から、大壁画「秋田の行事」を始めとする藤田嗣治作品を移設することは、建物と藤田嗣治作品の文化的価値を損なうものであり、同時に秋田県、秋田県民の利益を損なうものである。
     現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は従来通り、平野政吉が生涯を懸け収集した藤田嗣治作品の展示、鑑賞の場として末永く後世に伝えるべきである。





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    以前は圧倒するほどの存在感があったが、この絵の輝きが失われた。
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     「秋田の行事」は8月31日に、平野政吉と藤田嗣治が一体となり建てた現県立美術館(平野政吉美術館)から移設されました。これは、世界に誇れる貴重な文化遺産を崩壊させる、非常に愚かな行為であり、一秋田県民として、強く非難致します。
    (2013年8月31日)



     現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、建物を活用を検討していながら、2013年6月30日で閉館扱いとなりました。
     平野政吉と藤田嗣治が一体になり、実現させた現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、後世の人々、美術愛好家、若者達、藤田嗣治ファンのためにも残すべきです。
    (2013年8月1日)



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     ― 藤田は、「秋田の行事」を礼拝堂のような大空間で観るよう助言し、建物の上方から自然光を採り入れ、壁画に降り注ぐよう助言しました。また、壁画を床から1.8メートルの位置に上げ、両端を少しずつせり出して据え付けたのも、臨場感を狙い、藤田がこの絵に最も良い展示方法を指示したものです。藤田の理念が強く反映されている美術館、展示室は後世に伝えていくべきです。
    (2013年5月15日)


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  • 2012.06.07(01:54)|評論||TOP↑
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