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2011.12.27
 現県立美術館(平野政吉美術館)の建物について、活用方法はどうするとか、「存廃」の結論を急げと言った新聞記事を目にする。
 現県立美術館(平野政吉美術館)については、昨年2月の県議会において、建物の保存を求める1万6千人余りの署名が集まるなど、多くの県民が現在の建物を残すよう求め、美術館の移転に反対したが、知事が計画の見直し、中断を拒否し、新県立美術館の取得負担金を含む予算が成立し、今日に至っている。
 現県立美術館移転の主な理由は、現美術館が老朽化し、今後10年以内に耐震補強工事が必要である。今、移転すれば、県有地との相殺により、県の現金支出がほとんどゼロで済み、県財政上有利である。財団法人・平野政吉美術館所蔵の藤田嗣治「秋田の行事」を再開発地区の目玉にしたいなどであった。
 そのうち、県の現金支出がほとんどゼロだという話は、昨年9億円以上の支出(美術館の取得費は約20億円)があることが判明しており、「財政上有利だ」と言う理由は否定された。また、「秋田の行事」を再開発の目玉にしたいと言う話は、あくまで立案者の私的な希望であり、情緒的な想いである。再開発地区の活性化に寄与するものとして、何が最も相応しいかという視点からのものではなく、公的な施設を建設するうえでの理由に該当するとは思われない。
 そして、今日、現県立美術館の建物の活用方法を県が募集したり、「存廃」の結論を急げと言う新聞記事を目にし、建物の老朽化という理由も偽りであったのではと思わざるを得ない。結局、移転の理由は、全て正当性がないものであったと言われても仕方ないだろう。
 現秋田県立美術館(平野政吉美術館)の移転計画は、一体何のための計画であったのか、誰のための計画であったのか、大いに疑問が残る。検証する必要があるのではないか。


<お薦め記事>
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最後の作品「平和の聖母礼拝堂」、永遠の別れ、永遠の友情 … 平野政吉と藤田嗣治の交友の歴史 5
藤田嗣治が助言した平野政吉美術館の採光
発見された藤田嗣治の日記と「秋田への思い」、「秋田の行事」、「美術館建設」



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藤田嗣治は、壁画「秋田の行事」が完成した当時から、美術館は、自然光による採光形式にしたいという意向を持っていた。
1963年、平野政吉の親族に渡した美術館のイメージ図にも、壁画を大空間に展示し、上方から自然光を取り入れるよう描かれている。
1966年5月、美術館建設の報告に訪れた平野政吉に、美術館の屋根は採光の形式にするよう、助言している。

(参照 … 発見された「幻の藤田美術館」の設計図と、現県立美術館への藤田の助言を示すメモと手紙
平野政吉美術館(秋田県立美術館)の採光について
開催中の企画展「藤田嗣治の祈り 平野政吉の夢」 …… 「なぜ この美術館が閉館なのか?」という疑問

(2015年9月)



新県立美術館に移された「秋田の行事」を観た方々から、

以前より展示室が狭くなった。
「秋田の行事」が、窮屈で縮んで見える。
階上の左右から見ることが出来なくなった。
照明の照り返しがきつい。
2階から見ると目線から高すぎる。3階から眺めると壁画が低すぎる。
展示室に奥行きがなく、この壁画の迫力が全く感じられない。
以前は圧倒するほどの存在感があったが、この絵の輝きが失われた。
新しい建物の現代的な感じと秋田の行事が違和感ある。
あそこへ行きさえすれば、という大きな拠り所が失われた。

などの声が上がっています。
(2014年2月)




 「秋田の行事」は8月31日に、平野政吉と藤田嗣治が一体となり建てた現県立美術館(平野政吉美術館)から移設されました。これは、世界に誇れる貴重な文化遺産を崩壊させる、非常に愚かな行為であり、一秋田県民として、強く非難致します。
(2013年8月31日)



 現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、建物を活用を検討していながら、2013年6月30日で閉館扱いとなりました。
 平野政吉と藤田嗣治が一体になり、実現させた現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、後世の人々、美術愛好家、若者達、藤田嗣治ファンのためにも残すべきです。
(2013年8月1日)



 現秋田県立美術館(平野政吉美術館)の大展示室は、「秋田の行事」のためにレオナール・フジタ(藤田嗣治)が助言したものです。
 

 ― 藤田は、「秋田の行事」を礼拝堂のような大空間で観るよう助言し、建物の上方から自然光を採り入れ、壁画に降り注ぐよう助言しました。また、壁画を床から1.8メートルの位置に上げ、両端を少しずつせり出して据え付けたのも、臨場感を狙い、藤田がこの絵に最も良い展示方法を指示したものです。藤田の理念が強く反映されている美術館、展示室は後世に伝えていくべきです。
(2013年5月15日)


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  • 2011.12.27(01:30)|評論||TOP↑
    2011.12.22
     今日の地元紙の社説(秋田魁新報、2011年12月22日)で、現県立美術館の建物の存廃の結論を急げという主旨の記事が載っていた。存続する場合のコストとその効果を見極め、結論を急げと主張しているらしい。現美術館は開館以来、独特の景観が周囲と調和し、県民に親しまれ、移転計画が持ち上がった際も、各方面から反対の声が強く上がったが、「だからといって、保存そのものを目的に、建物を存続させる財政的余裕が県にあるとも思われない」とも述べている。どうやら、コスト論を根拠に、存廃の結論を急ぐよう求めているようだ。
     私たちは、いかにコスト論が当てにならず、行政側の都合の良いように利用されたかを経験した。2007年11月に、現県立美術館(平野政吉美術館)の移転を県が所有者である財団法人・平野政吉美術館に要請した際も、コスト論があった。現美術館が老朽化し、今後10年以内に耐震補強工事が必要であり、今回、移転すれば、県有地との相殺により、県の現金支出がほとんどゼロで済み、県の財政上有利だと迫り、このことが財団が移転を受け入れた理由の一つになった。しかし、その後、昨年の県議会において、県の支出が9億円以上であることが判った事実がある。しかも、県有地で相殺する分も合わせると、実際は、新美術館建設のために約20億円の県の支出があるのだ。このことは、行政―土木行政―の都合の良いようにコスト論が利用されたことを証明している。現県立美術館について、「存廃」をコスト論で結論づけようとするなら、容易に取り壊したほうがよいとの答えになってしまうであろう。
     私たちは、「秋田の良き文化」を後世に伝えることの意義、大切さを認識し、自覚することからスタートし、考えていくべきである。言うまでもなく、現県立美術館(平野政吉美術館)は、秋田の先人、平野政吉が、世界的画家・藤田嗣治(レオナール・フジタ)との長年の交友によって収集した作品を中心に収蔵した美術館であり、「秋田」の地に、収集した作品を残したいと願った平野政吉の想いが実現された美術館である。その建物は、特徴的な屋根に取り付けられた採光のための丸窓、高床式の造りなどに藤田のアドバイスが活かされおり、大壁画「秋田の行事」の展示方法も、藤田の助言通り、床から1.8メートルの位置に据え付けられ、両端が少しずつ迫り出した展示になっているなど、藤田嗣治と関わりの深い、世界的に見ても極めて希少な美術館である。必要に応じ、補強を加え、後世に伝えることが、秋田県全体にとって、日本にとっても重要な意義のあることである。
     経済が低成長の時代になった今日、私たちは、街づくりにおいても、新しい建物の建設によって街を創るという発想ではなく、先人達が残してくれた、自然、文化、産業などの遺産を新しい知恵や工夫で光り輝かせ、今に活かし、後世に伝えていくという発想が必要となっている。また、そうした取り組みは、人々が郷土を愛することにも繋がるはずである。
     平野政吉美術館も同様である。「秋田の郷土愛の拠点」として、これからも、秋田の偉大な先人、平野政吉が生涯を懸け、収集した作品を収蔵し、展示する美術館として、後世に末永く伝えていくべきであろう。


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  • 2011.12.22(23:55)|論説||TOP↑
    2011.12.17
     県教育委員会が、現県立美術館の建物を存続させる場合の活用策を募集したと言う。新県立美術館ウェブサイトや秋田市広報(10月21日号)、地元紙(9月14日付、秋田魁新報)で周知したとのことだが、扱いが小さかったためか、47の個人・団体から意見が寄せられただけであったと言う。その結果によると、教育文化施設としての活用を求める意見が最も多く、全体の6割を超えていたとのことである。また、他の施設としての活用策も含めて9割以上が現県立美術館を存続させる意見を寄せていることが明らかになっていた。圧倒的多数の県民、市民が、現県立美術館(平野政吉美術館)の建物の存続を求めているのは当然のことと言えるだろう。ここで問題なのは、現県立美術館(平野政吉美術館)の移転理由の一つに、建物の老朽化を挙げていたことである。県が活用を前提に建物の活用策を募集し、県民が活用を求めているのであれば、移転理由がそもそも存在しないことになる。また、建物の活用と言っても、現県立美術館(平野政吉美術館)自体が、平野政吉が藤田嗣治に依頼し、制作された大壁画「秋田の行事」と平野政吉から寄贈されたコレクションを展示することを目的に配慮され、設計されていることは周知の事実である。特に大壁画「秋田の行事」を展示している広さが500㎡、高さが約18メートルある大展示室の大空間は、「秋田の行事」の展示、鑑賞のためのものであり、他に何の利用が考えられるだろうか。現県立美術館(平野政吉美術館)は、今まで通り、「秋田の行事」、平野コレクションの展示の場として存続させ、新美術館の展示は、再開発地域を活性化する力を持つ、現代アート作品などに変えることが最善である。



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  • 2011.12.17(17:15)|評論||TOP↑
    2011.12.09
     先日、平野政吉美術館(秋田県立美術館)を訪れ、1年数ヵ月ぶりに藤田嗣治の大壁画「秋田の行事」と対面した。その時、なぜか、以前のように胸に迫って来ない気がした。近づいて観てみると、以前と変わらぬ、藤田が描いた躍動的な、色彩豊かな絵が、眼前に飛び込んでくる。なぜだか分からなかったが、しばらくしてその理由が分かった。大展示室の天井を見上げると、美術館の屋根の丸窓から入る自然光を遮る仕切りが設置されているではないか。この仕切りがいつからのものかは知らない。先日行われた「科学調査」のためかも知れない。丸窓からの自然光は、4階ほどの高さから、大壁画「秋田の行事」に柔らかく降り注ぎ、この絵の壁画としての魅力を引き立て、観る者を温かい、心豊かな気持ちにさせてくれていた。P1010030_01 平野美術館丸窓(晩秋) 800x600.jpgそして、この丸窓からの採光は、藤田嗣治(レオナール・フジタ)のこの美術館へのアドバイスであり、願いであった。制作者、藤田嗣治の助言は忠実に守られるべきである。「秋田の行事」の依頼者で、美術館の創設者である平野政吉がその助言を忠実に守ったように。先日観た「秋田の行事」の照明は、絵の上端に蛍光灯を20メートル程設置した味気のないものであった。採光の仕方でこれほども絵の見え方、感じ方が違うことを改めて知った。「秋田の行事」は、巨大な油彩であると同時に壁画である。藤田が助言した丸窓からの自然光は、壁画の魅力を伝えるために重要なことである。


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    2011.12.09(01:45)|評論||TOP↑
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