<< topページへ
TOP
2011.10.23
 平野政吉美術館の入館者が少ないから、平野政吉美術館を移転すべきだという人が稀にいる。昨年の県議会でもそう主張する議員がいた。こういった人達は藤田画伯の「秋田の行事」が描かれた経緯や美術館建設の経緯についてどれだけの理解をしているのだろうか。

 美術館の入館者数は常設展も大切だが企画展の良し悪しに影響されると言われる。秋田県立美術館(平野政吉美術館)の企画展の予算は、「企画運営や広報などに使える事業費は年間100万円」(2010年3月12日、毎日新聞「検証-中通再開発-」より)であったとのことだ。他の美術館と比べて極めて少ないと言われる。これでは満足できる企画展ができないだろう。また、企画展を地元のメディアなどに取り上げられたり、広告宣伝されたりする機会も少なかったようだ。メディアによる宣伝が行き届けば、多くの入場者を集めることは、最近の「藤城清治の世界展」などを見てもよく分かることである。平野政吉美術館においても企画や広報に十分な予算があれば、相当の入館者を集めることが容易に想像できる。

 また、昨年の県議会で東京など全国各地で行われた藤田嗣治の巡回展と比べて平野政吉美術館の入館者が少ないことを問題視する意見があったが、秋田県の人口が首都圏の人口の約32分の1(注1)に過ぎないことをよく考慮する必要がある。平野政吉美術館の100人の入館者は、首都圏の3280人に相当し、年間1万3000人(2008年度)の入館者数は首都圏の42万6400人に相当していることになる。入館者が少ないとは決して言えないはずである。平野政吉美術館の入館者が少ないから移転すべきだという論理は言い掛かり的であり、土木行政を推進するための論理にしか過ぎないだろう。


(注1)2010年国勢調査の結果によると首都圏(1都3県)の人口は35,623,327人であり、秋田県人口は約32分の1の1,085,878人である。単純計算で見ても秋田市にある平野美術館の100人の入館者は、首都圏の3280人に相当している。
平野政吉美術館の移転理由は何か 2 を参照ください。



藤田嗣治「秋田の行事」が描かれた経緯、美術館建設の経緯 … 下記の記事を参照ください。

大壁画「秋田の行事」誕生、美術館の壁画に … 平野政吉と藤田嗣治の交友の歴史 3

後世に伝えたい「平野政吉と藤田嗣治の思い」 … 文化と未来 culture and future

藤田嗣治「秋田の行事」と平野政吉美術館は一体の文化遺産 … Creative Akita

美術館の壁画に … 「秋田の行事」 … Creative Akita



<お薦め記事>
平野政吉美術館(秋田県立美術館)の採光について
平野政吉の業績…平野コレクションと美術館
美術館と自然光について
平野政吉のエピソード
平野政吉美術館と一体である藤田嗣治作品
千秋公園の景観に溶け込む平野政吉美術館
平野政吉美術館の移転理由は何か [新規構成]
平野政吉と藤田嗣治の交友の歴史 1 … 出会い
大壁画「秋田の行事」誕生、美術館の壁画に … 平野政吉と藤田嗣治の交友の歴史 3
18年ぶりの再会、念願の美術館建設の実現 … 平野政吉と藤田嗣治の交友の歴史 4
最後の作品「平和の聖母礼拝堂」、永遠の別れ、永遠の友情 … 平野政吉と藤田嗣治の交友の歴史 5
藤田嗣治が助言した平野政吉美術館の採光
発見された藤田嗣治の日記と「秋田への思い」、「秋田の行事」、「美術館建設」
藤田嗣治画伯の「秋田の行事」はあの建物と一体になってこそ秋田の宝
秋田の美術館に水が必要? 藤田嗣治作品に水が必要?




スポンサーサイト



藤田嗣治は、壁画「秋田の行事」が完成した当時から、美術館は、自然光による採光形式にしたいという意向を持っていた。
1963年、平野政吉の親族に渡した美術館のイメージ図にも、壁画を大空間に展示し、上方から自然光を取り入れるよう描かれている。
1966年5月、美術館建設の報告に訪れた平野政吉に、美術館の屋根は採光の形式にするよう、助言している。

(参照 … 発見された「幻の藤田美術館」の設計図と、現県立美術館への藤田の助言を示すメモと手紙
平野政吉美術館(秋田県立美術館)の採光について
開催中の企画展「藤田嗣治の祈り 平野政吉の夢」 …… 「なぜ この美術館が閉館なのか?」という疑問

(2015年9月)



新県立美術館に移された「秋田の行事」を観た方々から、

以前より展示室が狭くなった。
「秋田の行事」が、窮屈で縮んで見える。
階上の左右から見ることが出来なくなった。
照明の照り返しがきつい。
2階から見ると目線から高すぎる。3階から眺めると壁画が低すぎる。
展示室に奥行きがなく、この壁画の迫力が全く感じられない。
以前は圧倒するほどの存在感があったが、この絵の輝きが失われた。
新しい建物の現代的な感じと秋田の行事が違和感ある。
あそこへ行きさえすれば、という大きな拠り所が失われた。

などの声が上がっています。
(2014年2月)




 「秋田の行事」は8月31日に、平野政吉と藤田嗣治が一体となり建てた現県立美術館(平野政吉美術館)から移設されました。これは、世界に誇れる貴重な文化遺産を崩壊させる、非常に愚かな行為であり、一秋田県民として、強く非難致します。
(2013年8月31日)



 現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、建物を活用を検討していながら、2013年6月30日で閉館扱いとなりました。
 平野政吉と藤田嗣治が一体になり、実現させた現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、後世の人々、美術愛好家、若者達、藤田嗣治ファンのためにも残すべきです。
(2013年8月1日)



 現秋田県立美術館(平野政吉美術館)の大展示室は、「秋田の行事」のためにレオナール・フジタ(藤田嗣治)が助言したものです。
 

 ― 藤田は、「秋田の行事」を礼拝堂のような大空間で観るよう助言し、建物の上方から自然光を採り入れ、壁画に降り注ぐよう助言しました。また、壁画を床から1.8メートルの位置に上げ、両端を少しずつせり出して据え付けたのも、臨場感を狙い、藤田がこの絵に最も良い展示方法を指示したものです。藤田の理念が強く反映されている美術館、展示室は後世に伝えていくべきです。
(2013年5月15日)


関連記事
平野政吉美術館の大展示室と藤田嗣治「秋田の行事」 ~ 永遠に

秋田県立美術館(平野政吉美術館)の閉館、大壁画「秋田の行事」展示室の閉鎖及び「秋田の行事」、藤田嗣治作品の移転について
美の巨人たち 藤田嗣治 「秋田の行事 」 ― 視聴出来なかった秋田県の方々に、一部誌上再現!
現秋田県立美術館(平野政吉美術館)に展示されている藤田嗣治「秋田の行事」


お薦め記事 … 郷土・秋田の文化遺産を継承する会
ご挨拶 … 現秋田県立美術館(平野政吉美術館)を、藤田嗣治「秋田の行事」、藤田嗣治作品の恒久的な展示、鑑賞の場に
平野政吉と藤田嗣治の交友の歴史
現秋田県立美術館(平野政吉美術館)の丸い採光窓

提言:新秋田県立美術館は、収蔵作品を持たない企画展に特化した美術館にすべきである。
現秋田県立美術館の展示室が優れているこれだけの理由


ブログランキング・にほんブログ村へ   にほんブログ村 ニュースブログ 時事ニュースへ


  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Yahoo!ブックマークに登録



  • 2011.10.23(12:30)|評論||TOP↑
    2011.10.20
     著名建築家の設計したもので「水」を題材にした美術館はほとんど見当たらない。大量の水の使用はリスクが多く、美術館には不適当であるからだろう。美術館は言うまでもなく、訪れた人が美術作品と向き合う場であり、優れた美術品に触れ合い、心豊かな充足感を得る場所である。水を眺めて安らぐ場所ではない。

     一方、著名建築家の設計したもので「光」を題材にした美術館は多くある。クロード・モネのように「自然光で見て欲しい」と語った画家もいるように、美術品や美術館は光とよく合う。モネの「睡蓮」を収蔵しているオランジュリー美術館やルーブル美術館も館内に豊かな自然光を採り入れている。日本の妹島和世氏と西沢立衛氏の建築ユニットSANAAが設計したランスのルーブル美術館新館も自然光を最大限に活用するためのガラスの平屋根を採用しているなど、光がテーマになっている。

     秋田の平野政吉美術館も「光」が一つのテーマになっている美術館である。平野政吉が生前、パリ郊外の藤田嗣治を訪ねた際、藤田から「美術館の屋根は、ランス礼拝堂のような採光の形式にしてくれ」と言われ、平野政吉はその助言を忠実に守り、平野美術館の屋根には丸窓が付けられ、館内に自然光が降り注いでいる。

     平野政吉美術館が藤田嗣治と平野政吉の心が込められた、自然光を採り入れた美術館であることを我々はよく自覚すべきである。先人が残してくれた貴重な文化遺産として大切に後世に伝えていくべきである。



    (注、当ブログ著者からのお知らせ) 当ブログ著者が、2011年(平成23年)12月6日、平野政吉美術館にて確認したところ、美術館の屋根の丸窓から展示室に降り注ぐ自然光が、現在、設置された仕切りで遮られています。藤田嗣治が助言した自然光の採光形式にすべきと考えます。



    (関連記事) 
    大量の水を使用した美術館は危険である
    平野政吉美術館と一体である藤田嗣治作品
    安藤忠雄氏設計の美術館は必要?
    建築家・安藤忠雄氏と秋田との関わり
    美術館と建築家…ルーブル、金沢21世紀、十和田、ニューヨーク
    平野政吉美術館(秋田県立美術館)の採光について
    平野政吉美術館(秋田県立美術館)の丸窓について
    美術館と自然光について


    <お薦め記事>
    秋田の文化遺産…平野政吉美術館
    平野政吉の業績…平野コレクションと美術館
    平野政吉のエピソード
    平野政吉美術館と一体である藤田嗣治作品
    平野政吉美術館の移転理由は何か [新規構成]
    平野政吉と藤田嗣治の交友の歴史 1 … 出会い
    大壁画「秋田の行事」誕生、美術館の壁画に … 平野政吉と藤田嗣治の交友の歴史 3
    18年ぶりの再会、念願の美術館建設の実現 … 平野政吉と藤田嗣治の交友の歴史 4
    最後の作品「平和の聖母礼拝堂」、永遠の別れ、永遠の友情 … 平野政吉と藤田嗣治の交友の歴史 5
    藤田嗣治が助言した平野政吉美術館の採光
    発見された藤田嗣治の日記と「秋田への思い」、「秋田の行事」、「美術館建設」






    藤田嗣治は、壁画「秋田の行事」が完成した当時から、美術館は、自然光による採光形式にしたいという意向を持っていた。
    1963年、平野政吉の親族に渡した美術館のイメージ図にも、壁画を大空間に展示し、上方から自然光を取り入れるよう描かれている。
    1966年5月、美術館建設の報告に訪れた平野政吉に、美術館の屋根は採光の形式にするよう、助言している。

    (参照 … 発見された「幻の藤田美術館」の設計図と、現県立美術館への藤田の助言を示すメモと手紙
    平野政吉美術館(秋田県立美術館)の採光について
    開催中の企画展「藤田嗣治の祈り 平野政吉の夢」 …… 「なぜ この美術館が閉館なのか?」という疑問

    (2015年9月)



    新県立美術館に移された「秋田の行事」を観た方々から、

    以前より展示室が狭くなった。
    「秋田の行事」が、窮屈で縮んで見える。
    階上の左右から見ることが出来なくなった。
    照明の照り返しがきつい。
    2階から見ると目線から高すぎる。3階から眺めると壁画が低すぎる。
    展示室に奥行きがなく、この壁画の迫力が全く感じられない。
    以前は圧倒するほどの存在感があったが、この絵の輝きが失われた。
    新しい建物の現代的な感じと秋田の行事が違和感ある。
    あそこへ行きさえすれば、という大きな拠り所が失われた。

    などの声が上がっています。
    (2014年2月)




     「秋田の行事」は8月31日に、平野政吉と藤田嗣治が一体となり建てた現県立美術館(平野政吉美術館)から移設されました。これは、世界に誇れる貴重な文化遺産を崩壊させる、非常に愚かな行為であり、一秋田県民として、強く非難致します。
    (2013年8月31日)



     現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、建物を活用を検討していながら、2013年6月30日で閉館扱いとなりました。
     平野政吉と藤田嗣治が一体になり、実現させた現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、後世の人々、美術愛好家、若者達、藤田嗣治ファンのためにも残すべきです。
    (2013年8月1日)



     現秋田県立美術館(平野政吉美術館)の大展示室は、「秋田の行事」のためにレオナール・フジタ(藤田嗣治)が助言したものです。
     

     ― 藤田は、「秋田の行事」を礼拝堂のような大空間で観るよう助言し、建物の上方から自然光を採り入れ、壁画に降り注ぐよう助言しました。また、壁画を床から1.8メートルの位置に上げ、両端を少しずつせり出して据え付けたのも、臨場感を狙い、藤田がこの絵に最も良い展示方法を指示したものです。藤田の理念が強く反映されている美術館、展示室は後世に伝えていくべきです。
    (2013年5月15日)


    関連記事
    平野政吉美術館の大展示室と藤田嗣治「秋田の行事」 ~ 永遠に

    秋田県立美術館(平野政吉美術館)の閉館、大壁画「秋田の行事」展示室の閉鎖及び「秋田の行事」、藤田嗣治作品の移転について
    美の巨人たち 藤田嗣治 「秋田の行事 」 ― 視聴出来なかった秋田県の方々に、一部誌上再現!
    現秋田県立美術館(平野政吉美術館)に展示されている藤田嗣治「秋田の行事」


    お薦め記事 … 郷土・秋田の文化遺産を継承する会
    ご挨拶 … 現秋田県立美術館(平野政吉美術館)を、藤田嗣治「秋田の行事」、藤田嗣治作品の恒久的な展示、鑑賞の場に
    平野政吉と藤田嗣治の交友の歴史
    現秋田県立美術館(平野政吉美術館)の丸い採光窓

    提言:新秋田県立美術館は、収蔵作品を持たない企画展に特化した美術館にすべきである。
    現秋田県立美術館の展示室が優れているこれだけの理由


    ブログランキング・にほんブログ村へ   にほんブログ村 ニュースブログ 時事ニュースへ


  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Yahoo!ブックマークに登録



  • 2011.10.20(00:55)|メッセージ||TOP↑
    プロフィール

    akitacolumn

    Author:akitacolumn
    秋田市在住
    性別 : 男

    カレンダー
    09 | 2011/10 | 11
    - - - - - - 1
    2 3 4 5 6 7 8
    9 10 11 12 13 14 15
    16 17 18 19 20 21 22
    23 24 25 26 27 28 29
    30 31 - - - - -
    ブログランキング
    メール
    My Yahoo!
    My Yahoo!に追加
    最新記事
    全記事表示リンク
    最新記事②
    Twitter
    サイト内ランキング
    hatena bookmark
    タグ

    神奈川県立近代美術館鎌倉館 秋田 秋田市中通再開発 新秋田県立美術館 十和田市現代美術館 共存 耐用年数 秋田市 公共施設 秋田の行事 魅せられたる河 建築家 壁画 欧人日本へ渡来の図 平野政吉美術館 再開発 花鳥図 SANAA 乳白色の下地 都市公園 市民公園 金沢21世紀美術館 文化ゾーン 藤田の思い、メッセージ ニューヨーク近代美術館新館 現代アート 藤田嗣治「秋田の行事」展示館 美術館の価値 現代壁画論 眠れる女 現代日本 銀座コロンバン天井画 詩の国秋田 レオナール・フジタ 再開発事業 御隅櫓 県民の声 SANAA 入館者数 地を泳ぐ にぎわい交流館 美術館 藤田嗣治への旅 北の丸公園 秋田県 学芸員 久保田城 新県立美術館 平野政吉コレクション 秋田市中通 ルーブル美術館新館 平野政吉 巴里の横顔 ミュージカル 秋田県立美術館 現県立美術館 郷愁 秋田の全貌 市民 安藤忠雄講演会 ルーブル美術館 文化的価値 巴里の昼と夜 現秋田県立美術館 相乗効果 マドレーヌ 幻の藤田美術館 美の巨人たち 課題山積県 平和の聖母礼拝堂 歴史的建造物 千秋公園 ルーブル美術館別館 カーニバルの後 佐竹史料館 自然光 秋田駅前 (公財)平野政吉美術財団 丸窓 藤田嗣治 秋田県記念館 藤田嗣治「秋田の行事」 

    カテゴリ
    秋田の文化遺産を考える
    このブログをリンクに追加する
    リンク
    FC2ブログランキング
    フリーエリア
    Bダッシュ
    月別アーカイブ
    RSSリンクの表示
    QRコード
    QR
    お知らせ
    ※ 掲載の記事、写真等の無断転載を禁止します。