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2011.08.22
 新聞報道によると、新県立美術館のオープンが、当初の予定より1年半遅れて2013年秋になるとのことだ。館内の環境を整えるための期間が必要のためらしいが、最近まで言われていた話との違いに驚くばかりだ。美術館の移転話が出た当初、県の出費がほとんどゼロと言っていたのが、いつのまにか9億2千万円になったことにも似ている話だ。見通しが甘いと言うより、不誠実な印象を受ける。誠実で真摯な行政であってほしい。この機会に秋田市民、秋田県民は、新しい建物の展示について、何が最も相応しいかを見直し、行政に変更を求めるべきである。地元紙などによると、新美術館の展示は(財)平野政吉美術館所蔵の藤田嗣治作品と決め付けているようだが、藤田嗣治作品の展示に最も相応しいのは、現秋田県立美術館(平野政吉美術館)である。大壁画「秋田の行事」の展示の仕方、館内の採光形式に藤田嗣治のアドバイスが取り入れられている(注)。このような建物は、国内に他にない。後世に伝えるべきである。また、平野政吉と藤田嗣治が若い頃に構想した正倉院を模した高床式になっており、日本宮殿流れ式と言われる優美な曲線の屋根の形、丸い採光窓など、顕著な特徴を有している。必要に応じてこの建物を改修し、秋田の文化遺産として末永く後世に伝えていくのが最善の方法である。新しい建物は、例えば、伝統芸能を披露する場を兼ね備えてもいいし、小田野直武「不忍池図」(国指定重要文化財)の展示、若い人や子供が楽しめる現代アートの展示なども考えられるのではないか。     


(注) 当ブログ著者が、2011年(平成23年)12月6日、平野政吉美術館にて確認したところ、美術館の屋根の丸窓から展示室に降り注ぐ自然光が、現在、設置された仕切りで遮られています。藤田嗣治が助言した自然光の採光形式にすべきと考えます。



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藤田嗣治は、壁画「秋田の行事」が完成した当時から、美術館は、自然光による採光形式にしたいという意向を持っていた。
1963年、平野政吉の親族に渡した美術館のイメージ図にも、壁画を大空間に展示し、上方から自然光を取り入れるよう描かれている。
1966年5月、美術館建設の報告に訪れた平野政吉に、美術館の屋根は採光の形式にするよう、助言している。

(参照 … 発見された「幻の藤田美術館」の設計図と、現県立美術館への藤田の助言を示すメモと手紙
平野政吉美術館(秋田県立美術館)の採光について
開催中の企画展「藤田嗣治の祈り 平野政吉の夢」 …… 「なぜ この美術館が閉館なのか?」という疑問

(2015年9月)



新県立美術館に移された「秋田の行事」を観た方々から、

以前より展示室が狭くなった。
「秋田の行事」が、窮屈で縮んで見える。
階上の左右から見ることが出来なくなった。
照明の照り返しがきつい。
2階から見ると目線から高すぎる。3階から眺めると壁画が低すぎる。
展示室に奥行きがなく、この壁画の迫力が全く感じられない。
以前は圧倒するほどの存在感があったが、この絵の輝きが失われた。
新しい建物の現代的な感じと秋田の行事が違和感ある。
あそこへ行きさえすれば、という大きな拠り所が失われた。

などの声が上がっています。
(2014年2月)




 「秋田の行事」は8月31日に、平野政吉と藤田嗣治が一体となり建てた現県立美術館(平野政吉美術館)から移設されました。これは、世界に誇れる貴重な文化遺産を崩壊させる、非常に愚かな行為であり、一秋田県民として、強く非難致します。
(2013年8月31日)



 現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、建物を活用を検討していながら、2013年6月30日で閉館扱いとなりました。
 平野政吉と藤田嗣治が一体になり、実現させた現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、後世の人々、美術愛好家、若者達、藤田嗣治ファンのためにも残すべきです。
(2013年8月1日)



 現秋田県立美術館(平野政吉美術館)の大展示室は、「秋田の行事」のためにレオナール・フジタ(藤田嗣治)が助言したものです。
 

 ― 藤田は、「秋田の行事」を礼拝堂のような大空間で観るよう助言し、建物の上方から自然光を採り入れ、壁画に降り注ぐよう助言しました。また、壁画を床から1.8メートルの位置に上げ、両端を少しずつせり出して据え付けたのも、臨場感を狙い、藤田がこの絵に最も良い展示方法を指示したものです。藤田の理念が強く反映されている美術館、展示室は後世に伝えていくべきです。
(2013年5月15日)


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  • 2011.08.22(02:05)|評論||TOP↑
    2011.08.19
     秋田市中通の再開発予定地に建設予定の新県立美術館について、秋田県教育委員会は、「(財)平野政吉美術館所蔵の藤田嗣治作品による文化の創造」と謳っている。「創造」とは、新しいものを自らの考えで創り出すことである。予定されている新県立美術館は、現県立美術館にある平野政吉コレクション、大壁画「秋田の行事」を始めとした藤田嗣治作品をそのまま移転、移設した展示を考えており、「文化の創造」とは言えない。誰が考えても明らかなことである。「文化の創造」と言う場合、展示などが今までにない独自のもの、創意工夫を凝らしたものであることを指す。藤田嗣治画伯も人のまねではない独自のものを作りなさいと生前語っていたと言う。今回の秋田県立美術館(平野政吉美術館)の移転計画は、明確な理念から出発したものではなく、始めに「美術館の移転新築ありき」から出発したものであった。美辞麗句のコンセプトを後から付けても、脆弱な中身の乏しいものしか生まれないだろう。また新県立美術館について「街、人、文化の共生」とも言っているがこれも奇怪な表現である。共生とは、異なった種類のものが共に生きることである。人が街を作り、文化は人そのものである。「街、人、文化」は一体のものであり、共生と言う表現は当てはまらない。また、新県立美術館について「秋田の文化力の発信」と言っているが、平野政吉コレクション、藤田嗣治作品のほかにも、秋田には誇れる文化が多数ある。全国最多の15件もある重要無形文化財や小田野直武「不忍池図」(国指定重要文化財)を始めとした秋田蘭画もある。新しく建設する美術館を「秋田の文化力」と言うのは適切でない。結局は美辞麗句を並べ、尤もらしい言葉で、美術館の移転新築を推し進めているだけにしか過ぎないのではないか。



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    (2014年2月)




     「秋田の行事」は8月31日に、平野政吉と藤田嗣治が一体となり建てた現県立美術館(平野政吉美術館)から移設されました。これは、世界に誇れる貴重な文化遺産を崩壊させる、非常に愚かな行為であり、一秋田県民として、強く非難致します。
    (2013年8月31日)



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     平野政吉と藤田嗣治が一体になり、実現させた現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、後世の人々、美術愛好家、若者達、藤田嗣治ファンのためにも残すべきです。
    (2013年8月1日)



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     ― 藤田は、「秋田の行事」を礼拝堂のような大空間で観るよう助言し、建物の上方から自然光を採り入れ、壁画に降り注ぐよう助言しました。また、壁画を床から1.8メートルの位置に上げ、両端を少しずつせり出して据え付けたのも、臨場感を狙い、藤田がこの絵に最も良い展示方法を指示したものです。藤田の理念が強く反映されている美術館、展示室は後世に伝えていくべきです。
    (2013年5月15日)


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  • 2011.08.19(13:00)|評論||TOP↑
    2011.08.04
     日本の建築家が海外の有名美術館の設計を担当することが時々聞かれる。フランス、ルーブル美術館別館の設計では、国際的な設計競技を勝ち抜き、妹島和世氏と西沢立衛氏の設計事務所、SANAAが選ばれた。このSANAAは、金沢市民に「まるびー」(丸い美術館)と呼ばれ、親しまれている金沢21世紀美術館を設計し、2010年(平成22年)、建築界のノーベル賞といわれるプリッカー賞を受賞している。また、西沢立衛氏は、2008年(平成20年)開館した青森県十和田市の十和田市現代美術館を設計した。街と一体となった美術館として、高い評価と人気を得ている。1983年(昭和58年)、秋田市の秋田市立中央図書館明徳館の設計を担当した谷口吉生氏はその後、2004年(平成16年)に、ニューヨーク近代美術館(MoMA)新館を設計した。自然光を採り入れた開放感溢れる美術館として評価されている。先日、秋田市中通の再開発予定地に建設予定の新秋田県立美術館の設計を担当した安藤忠雄氏の講演会が秋田市で開催されたとのことだ。出席者の話によると、話の中で、安藤氏はしきりに「ここに来た人は、新美術館に週3回来てほしい」と言っていたとのことだ。自信のなさの表れなのか。週3回とは、年156回である。美術館に年156回通えとは度を越えている。金沢21世紀美術館は、「子供」が楽しめる工夫を凝らした展示で、市民の理解、評価を得て、家族連れなどでにぎあうようになったという。秋田市の新美術館も見習うべきである。藤田嗣治作品の展示は平野政吉美術館がある。新美術館は「子供」をテーマとした展示内容に創造すべきである。


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    1966年5月、美術館建設の報告に訪れた平野政吉に、美術館の屋根は採光の形式にするよう、助言している。

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  • 2011.08.04(17:15)|評論||TOP↑
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