<< topページへ
TOP
2011.07.31
 フランス・シャンパーニュ地方の都市、ランスにある「平和の聖母礼拝堂」。レオナール・フジタ(藤田嗣治)が制作した最後の作品である。フジタは建物の設計、壁画、ステンドグラス、庭石の配置、彫刻などを自らの手で制作した。この「平和の聖母礼拝堂」と秋田の平野政吉美術館に展示されている大壁画「秋田の行事」は、フジタによって結び付けられている。1966年(昭和41年)5月、平野政吉が美術館建設の報告を兼ねフジタに会いに行った際、フジタは「美術館の屋根は、ランス礼拝堂のような採光の形式にしてくれ」(1983年《昭和58年》1月12日、朝日新聞「聞き書き わがレオナルド藤田」より)と平野政吉に注文をつけた。平野はそれを忠実に守ったと言い、平野美術館の特徴ある屋根の形、丸窓はそのためだと話している。フジタが壁画制作に入る直前のことであった。この訪問の時、フジタは1937年(昭和12年)に自ら制作した「秋田の行事」の展示の仕方に細かいアドバイスをしている。壁画を床から6尺(約1.8メートル)上げた位置に据えること、両端を少しずつ迫り出して据えることであった。フジタは当初、美術館のこけら落しへの招待に乗り気であったということだが、高齢を案じた夫人の反対で実現できなかったと言う。もし、この時、フジタが秋田に来ていたら、「藤田美術館」になっていただろうか。大壁画「秋田の行事」には、フジタの助言のように、柔らかな自然光が降り注いでいる(注)。


(注) 当ブログ著者が、2011年(平成23年)12月6日、平野政吉美術館にて確認したところ、美術館の屋根の丸窓から展示室に降り注ぐ自然光が、現在、設置された仕切りで遮られています。藤田嗣治が助言した自然光の採光形式にすべきと考えます。


<お薦め記事>
平野政吉美術館(秋田県立美術館)の採光について
平野政吉の業績…平野コレクションと美術館
美術館と自然光について
平野政吉のエピソード
平野政吉美術館と一体である藤田嗣治作品
平野政吉美術館の移転理由は何か [新規構成]
平野政吉と藤田嗣治の交友の歴史 1 … 出会い
大壁画「秋田の行事」誕生、美術館の壁画に … 平野政吉と藤田嗣治の交友の歴史 3
18年ぶりの再会、念願の美術館建設の実現 … 平野政吉と藤田嗣治の交友の歴史 4
最後の作品「平和の聖母礼拝堂」、永遠の別れ、永遠の友情 … 平野政吉と藤田嗣治の交友の歴史 5
藤田嗣治が助言した平野政吉美術館の採光
発見された藤田嗣治の日記と「秋田への思い」、「秋田の行事」、「美術館建設」
藤田嗣治画伯の「秋田の行事」はあの建物と一体になってこそ秋田の宝
レオナール・フジタ最後の作品「平和の聖母礼拝堂」と平野政吉美術館



スポンサーサイト



藤田嗣治は、壁画「秋田の行事」が完成した当時から、美術館は、自然光による採光形式にしたいという意向を持っていた。
1963年、平野政吉の親族に渡した美術館のイメージ図にも、壁画を大空間に展示し、上方から自然光を取り入れるよう描かれている。
1966年5月、美術館建設の報告に訪れた平野政吉に、美術館の屋根は採光の形式にするよう、助言している。

(参照 … 発見された「幻の藤田美術館」の設計図と、現県立美術館への藤田の助言を示すメモと手紙
平野政吉美術館(秋田県立美術館)の採光について
開催中の企画展「藤田嗣治の祈り 平野政吉の夢」 …… 「なぜ この美術館が閉館なのか?」という疑問

(2015年9月)



新県立美術館に移された「秋田の行事」を観た方々から、

以前より展示室が狭くなった。
「秋田の行事」が、窮屈で縮んで見える。
階上の左右から見ることが出来なくなった。
照明の照り返しがきつい。
2階から見ると目線から高すぎる。3階から眺めると壁画が低すぎる。
展示室に奥行きがなく、この壁画の迫力が全く感じられない。
以前は圧倒するほどの存在感があったが、この絵の輝きが失われた。
新しい建物の現代的な感じと秋田の行事が違和感ある。
あそこへ行きさえすれば、という大きな拠り所が失われた。

などの声が上がっています。
(2014年2月)




 「秋田の行事」は8月31日に、平野政吉と藤田嗣治が一体となり建てた現県立美術館(平野政吉美術館)から移設されました。これは、世界に誇れる貴重な文化遺産を崩壊させる、非常に愚かな行為であり、一秋田県民として、強く非難致します。
(2013年8月31日)



 現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、建物を活用を検討していながら、2013年6月30日で閉館扱いとなりました。
 平野政吉と藤田嗣治が一体になり、実現させた現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、後世の人々、美術愛好家、若者達、藤田嗣治ファンのためにも残すべきです。
(2013年8月1日)



 現秋田県立美術館(平野政吉美術館)の大展示室は、「秋田の行事」のためにレオナール・フジタ(藤田嗣治)が助言したものです。
 

 ― 藤田は、「秋田の行事」を礼拝堂のような大空間で観るよう助言し、建物の上方から自然光を採り入れ、壁画に降り注ぐよう助言しました。また、壁画を床から1.8メートルの位置に上げ、両端を少しずつせり出して据え付けたのも、臨場感を狙い、藤田がこの絵に最も良い展示方法を指示したものです。藤田の理念が強く反映されている美術館、展示室は後世に伝えていくべきです。
(2013年5月15日)


関連記事
平野政吉美術館の大展示室と藤田嗣治「秋田の行事」 ~ 永遠に

秋田県立美術館(平野政吉美術館)の閉館、大壁画「秋田の行事」展示室の閉鎖及び「秋田の行事」、藤田嗣治作品の移転について
美の巨人たち 藤田嗣治 「秋田の行事 」 ― 視聴出来なかった秋田県の方々に、一部誌上再現!
現秋田県立美術館(平野政吉美術館)に展示されている藤田嗣治「秋田の行事」


お薦め記事 … 郷土・秋田の文化遺産を継承する会
ご挨拶 … 現秋田県立美術館(平野政吉美術館)を、藤田嗣治「秋田の行事」、藤田嗣治作品の恒久的な展示、鑑賞の場に
平野政吉と藤田嗣治の交友の歴史
現秋田県立美術館(平野政吉美術館)の丸い採光窓

提言:新秋田県立美術館は、収蔵作品を持たない企画展に特化した美術館にすべきである。
現秋田県立美術館の展示室が優れているこれだけの理由


ブログランキング・にほんブログ村へ   にほんブログ村 ニュースブログ 時事ニュースへ


  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Yahoo!ブックマークに登録



  • 2011.07.31(19:47)|評論||TOP↑
    2011.07.28
     平野政吉美術館(秋田県立美術館)の移転計画が、秋田県民に知らされたのは、2007年(平成19年)11月のことであった。県、市、再開発組合、商工会議所によって決められたとのことだった。当事者である財団法人・平野政吉美術館には、事後に説明され、当初、財団は原則反対と言っていたが、これ以上待たせると行政に迷惑をかけるからと言う、極めて不明朗な形で移転を受け入れたようだ。その間、財団や地元新聞社には、移転に反対する多くの「県民の声」が寄せられたとのことだ。地元紙の「読者の声」欄でも8割以上が移転反対の声であった。しかし、県は「県民の声」に真摯に向き合うことなく、新県立美術館基本計画策定委員会なるものを設置し、安藤忠雄氏設計の美術館作りに邁進していった。昨年2月の県議会において、新県立美術館取得負担金など再開発事業関連費を含む予算が審議された際も、美術館の移転反対署名運動が起きるなどし、地元紙に掲載された意見を見ても移転反対の意見が圧倒的に多かった。しかし、県議会は県の事業計画に瑕疵はないなどとし、この予算案に賛成し、現在に至っている。予算案に賛成した議員の中にも、美術館移転の問題に関心のある県民の声を聞くべきだと声もあった。しかし、その後設置された「にぎわい創出会議」なるものも、県、市、商工会議所の会議となっている。また、昨年の県議会以後1年3カ月の間、県のしてきたことは、「秋田の行事」を東京に運び出し、展示することの検討、「秋田の行事」の縮小版レプリカ作成、横手と能代での藤田展の開催、安藤忠雄氏講演会の開催など、新美術館のPR事業だけである。2007年以来、単発的なもの以外は一度も「県民の声」を聞いてこなかったのである。8割の県民が反対する事業はすべきでない。突き切ればなんとかなるというものではない。権力を持った者が何でも許される時代ではない。


    <お薦め記事>
    平野政吉美術館(秋田県立美術館)の採光について
    平野政吉の業績…平野コレクションと美術館
    美術館と自然光について
    平野政吉のエピソード
    平野政吉美術館と一体である藤田嗣治作品
    平野政吉美術館の移転理由は何か [新規構成]
    平野政吉と藤田嗣治の交友の歴史 1 … 出会い
    大壁画「秋田の行事」誕生、美術館の壁画に … 平野政吉と藤田嗣治の交友の歴史 3
    18年ぶりの再会、念願の美術館建設の実現 … 平野政吉と藤田嗣治の交友の歴史 4
    最後の作品「平和の聖母礼拝堂」、永遠の別れ、永遠の友情 … 平野政吉と藤田嗣治の交友の歴史 5
    藤田嗣治が助言した平野政吉美術館の採光
    発見された藤田嗣治の日記と「秋田への思い」、「秋田の行事」、「美術館建設」
    藤田嗣治画伯の「秋田の行事」はあの建物と一体になってこそ秋田の宝
    レオナール・フジタ最後の作品「平和の聖母礼拝堂」と平野政吉美術館






    藤田嗣治は、壁画「秋田の行事」が完成した当時から、美術館は、自然光による採光形式にしたいという意向を持っていた。
    1963年、平野政吉の親族に渡した美術館のイメージ図にも、壁画を大空間に展示し、上方から自然光を取り入れるよう描かれている。
    1966年5月、美術館建設の報告に訪れた平野政吉に、美術館の屋根は採光の形式にするよう、助言している。

    (参照 … 発見された「幻の藤田美術館」の設計図と、現県立美術館への藤田の助言を示すメモと手紙
    平野政吉美術館(秋田県立美術館)の採光について
    開催中の企画展「藤田嗣治の祈り 平野政吉の夢」 …… 「なぜ この美術館が閉館なのか?」という疑問

    (2015年9月)



    新県立美術館に移された「秋田の行事」を観た方々から、

    以前より展示室が狭くなった。
    「秋田の行事」が、窮屈で縮んで見える。
    階上の左右から見ることが出来なくなった。
    照明の照り返しがきつい。
    2階から見ると目線から高すぎる。3階から眺めると壁画が低すぎる。
    展示室に奥行きがなく、この壁画の迫力が全く感じられない。
    以前は圧倒するほどの存在感があったが、この絵の輝きが失われた。
    新しい建物の現代的な感じと秋田の行事が違和感ある。
    あそこへ行きさえすれば、という大きな拠り所が失われた。

    などの声が上がっています。
    (2014年2月)




     「秋田の行事」は8月31日に、平野政吉と藤田嗣治が一体となり建てた現県立美術館(平野政吉美術館)から移設されました。これは、世界に誇れる貴重な文化遺産を崩壊させる、非常に愚かな行為であり、一秋田県民として、強く非難致します。
    (2013年8月31日)



     現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、建物を活用を検討していながら、2013年6月30日で閉館扱いとなりました。
     平野政吉と藤田嗣治が一体になり、実現させた現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、後世の人々、美術愛好家、若者達、藤田嗣治ファンのためにも残すべきです。
    (2013年8月1日)



     現秋田県立美術館(平野政吉美術館)の大展示室は、「秋田の行事」のためにレオナール・フジタ(藤田嗣治)が助言したものです。
     

     ― 藤田は、「秋田の行事」を礼拝堂のような大空間で観るよう助言し、建物の上方から自然光を採り入れ、壁画に降り注ぐよう助言しました。また、壁画を床から1.8メートルの位置に上げ、両端を少しずつせり出して据え付けたのも、臨場感を狙い、藤田がこの絵に最も良い展示方法を指示したものです。藤田の理念が強く反映されている美術館、展示室は後世に伝えていくべきです。
    (2013年5月15日)


    関連記事
    平野政吉美術館の大展示室と藤田嗣治「秋田の行事」 ~ 永遠に

    秋田県立美術館(平野政吉美術館)の閉館、大壁画「秋田の行事」展示室の閉鎖及び「秋田の行事」、藤田嗣治作品の移転について
    美の巨人たち 藤田嗣治 「秋田の行事 」 ― 視聴出来なかった秋田県の方々に、一部誌上再現!
    現秋田県立美術館(平野政吉美術館)に展示されている藤田嗣治「秋田の行事」


    お薦め記事 … 郷土・秋田の文化遺産を継承する会
    ご挨拶 … 現秋田県立美術館(平野政吉美術館)を、藤田嗣治「秋田の行事」、藤田嗣治作品の恒久的な展示、鑑賞の場に
    平野政吉と藤田嗣治の交友の歴史
    現秋田県立美術館(平野政吉美術館)の丸い採光窓

    提言:新秋田県立美術館は、収蔵作品を持たない企画展に特化した美術館にすべきである。
    現秋田県立美術館の展示室が優れているこれだけの理由


    ブログランキング・にほんブログ村へ   にほんブログ村 ニュースブログ 時事ニュースへ


  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Yahoo!ブックマークに登録



  • 2011.07.28(15:00)|評論||TOP↑
    2011.07.22
     県教育委員会は秋田市中通の再開発地区に建設予定の新県立美術館の通称を「新県立美術館 平野政吉コレクション」とすると県議会教育公安委員会で報告したと言う。その理由は「作品は平野氏が収集し、青少年の健全育成を図る志で財団法人設立時に寄付した。県立美術館の表記に名前を添えることで、功績を称えたい」からであると言う。少し、奇異な話である。平野政吉の功績を称えるのであれば、平野政吉が生涯をかけ収集した作品を収蔵し、県民、市民、美術愛好家に公開するために建てた美術館から、魂である「秋田の行事」を始めとした藤田嗣治作品を切り離すということはあり得ないはずである。また、美術館を移転するか否かを考え、検討する際、平野政吉の功績は一番最初に考慮すべきことであったはずだ。この美術館移転計画がいかに熟慮されずに、性急なものであったかが分かる。現在の県立美術館は、入口に秋田県立美術館と財団法人平野政吉美術館の名が併記されている。今回の通称の話は今と何も変わらないことを示している。平野政吉は「青少年を豊かに」という理念を実践したが、同時に、美術館の屋根の形、採光のための丸窓が藤田嗣治から直接助言されたものであることをとても誇りにしていた。現秋田県立美術館が使用できない深刻な状況にあるようには見えない。平野政吉の功績を称えるなら、平野政吉美術館(現秋田県立美術館)から魂である藤田嗣治作品を切り離すべきではない。


    <お薦め記事>
    平野政吉美術館(秋田県立美術館)の採光について
    平野政吉の業績…平野コレクションと美術館
    美術館と自然光について
    平野政吉のエピソード
    平野政吉美術館と一体である藤田嗣治作品
    平野政吉美術館の移転理由は何か [新規構成]
    平野政吉と藤田嗣治の交友の歴史 1 … 出会い
    大壁画「秋田の行事」誕生、美術館の壁画に … 平野政吉と藤田嗣治の交友の歴史 3
    18年ぶりの再会、念願の美術館建設の実現 … 平野政吉と藤田嗣治の交友の歴史 4
    最後の作品「平和の聖母礼拝堂」、永遠の別れ、永遠の友情 … 平野政吉と藤田嗣治の交友の歴史 5
    藤田嗣治が助言した平野政吉美術館の採光
    発見された藤田嗣治の日記と「秋田への思い」、「秋田の行事」、「美術館建設」
    藤田嗣治画伯の「秋田の行事」はあの建物と一体になってこそ秋田の宝
    レオナール・フジタ最後の作品「平和の聖母礼拝堂」と平野政吉美術館






    藤田嗣治は、壁画「秋田の行事」が完成した当時から、美術館は、自然光による採光形式にしたいという意向を持っていた。
    1963年、平野政吉の親族に渡した美術館のイメージ図にも、壁画を大空間に展示し、上方から自然光を取り入れるよう描かれている。
    1966年5月、美術館建設の報告に訪れた平野政吉に、美術館の屋根は採光の形式にするよう、助言している。

    (参照 … 発見された「幻の藤田美術館」の設計図と、現県立美術館への藤田の助言を示すメモと手紙
    平野政吉美術館(秋田県立美術館)の採光について
    開催中の企画展「藤田嗣治の祈り 平野政吉の夢」 …… 「なぜ この美術館が閉館なのか?」という疑問

    (2015年9月)



    新県立美術館に移された「秋田の行事」を観た方々から、

    以前より展示室が狭くなった。
    「秋田の行事」が、窮屈で縮んで見える。
    階上の左右から見ることが出来なくなった。
    照明の照り返しがきつい。
    2階から見ると目線から高すぎる。3階から眺めると壁画が低すぎる。
    展示室に奥行きがなく、この壁画の迫力が全く感じられない。
    以前は圧倒するほどの存在感があったが、この絵の輝きが失われた。
    新しい建物の現代的な感じと秋田の行事が違和感ある。
    あそこへ行きさえすれば、という大きな拠り所が失われた。

    などの声が上がっています。
    (2014年2月)




     「秋田の行事」は8月31日に、平野政吉と藤田嗣治が一体となり建てた現県立美術館(平野政吉美術館)から移設されました。これは、世界に誇れる貴重な文化遺産を崩壊させる、非常に愚かな行為であり、一秋田県民として、強く非難致します。
    (2013年8月31日)



     現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、建物を活用を検討していながら、2013年6月30日で閉館扱いとなりました。
     平野政吉と藤田嗣治が一体になり、実現させた現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、後世の人々、美術愛好家、若者達、藤田嗣治ファンのためにも残すべきです。
    (2013年8月1日)



     現秋田県立美術館(平野政吉美術館)の大展示室は、「秋田の行事」のためにレオナール・フジタ(藤田嗣治)が助言したものです。
     

     ― 藤田は、「秋田の行事」を礼拝堂のような大空間で観るよう助言し、建物の上方から自然光を採り入れ、壁画に降り注ぐよう助言しました。また、壁画を床から1.8メートルの位置に上げ、両端を少しずつせり出して据え付けたのも、臨場感を狙い、藤田がこの絵に最も良い展示方法を指示したものです。藤田の理念が強く反映されている美術館、展示室は後世に伝えていくべきです。
    (2013年5月15日)


    関連記事
    平野政吉美術館の大展示室と藤田嗣治「秋田の行事」 ~ 永遠に

    秋田県立美術館(平野政吉美術館)の閉館、大壁画「秋田の行事」展示室の閉鎖及び「秋田の行事」、藤田嗣治作品の移転について
    美の巨人たち 藤田嗣治 「秋田の行事 」 ― 視聴出来なかった秋田県の方々に、一部誌上再現!
    現秋田県立美術館(平野政吉美術館)に展示されている藤田嗣治「秋田の行事」


    お薦め記事 … 郷土・秋田の文化遺産を継承する会
    ご挨拶 … 現秋田県立美術館(平野政吉美術館)を、藤田嗣治「秋田の行事」、藤田嗣治作品の恒久的な展示、鑑賞の場に
    平野政吉と藤田嗣治の交友の歴史
    現秋田県立美術館(平野政吉美術館)の丸い採光窓

    提言:新秋田県立美術館は、収蔵作品を持たない企画展に特化した美術館にすべきである。
    現秋田県立美術館の展示室が優れているこれだけの理由


    ブログランキング・にほんブログ村へ   にほんブログ村 ニュースブログ 時事ニュースへ


  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Yahoo!ブックマークに登録



  • 2011.07.22(00:20)|評論||TOP↑
    2011.07.18
     秋田市中通の再開発地区に建設予定の新県立美術館の設計は安藤忠雄氏であるとのことだが、秋田との関わりは極めて薄い方のようだ。2008年5月に北秋田市で開催された全国植樹祭の式典会場の設計を担当したが、その2年前の2006年5月に秋田市の県民会館で開催された経済・文化フォーラムにパネリストとして参加している。その際、秋田の印象について問われ、「何もないところですね」と語っていたとのことだ。(参加者の話)県によって設計者の選定コンペもなく選ばれた安藤忠雄氏だが、残念ながら、秋田についての認識はその程度のものであったようだ。それ以前に秋田との関わりはない方のようだ。秋田県の担当者は、2006年5月中旬に全国植樹祭の件で安藤氏と会っているが、その直後にあたる5月29日に県庁若手職員有志によるプランという事で藤田嗣治作品の移設案(県立美術館移転案)が発表されている。この案がどういった経緯で出され、誰かの関与があったのかどうか疑問が持たれる。また、今回秋田で予定されている建物は、秋田の冬場の積雪を考えていないようなもので、2階部分屋上にプールのように水板を張るものだと言う。同じように「水」を題材にした安藤氏設計の美術館がある中国地方の町の住民は、安藤氏の美術館を「無機質、冷え冷えとした感じ」と語っている。機能的でない、無駄が多いなどの意見も聞く。この美術館が必要なのか秋田市民、秋田県民もよく考える必要がある。


    <お薦め記事>
    平野政吉美術館(秋田県立美術館)の採光について
    平野政吉の業績…平野コレクションと美術館
    美術館と自然光について
    平野政吉のエピソード
    平野政吉美術館と一体である藤田嗣治作品
    平野政吉美術館の移転理由は何か [新規構成]
    平野政吉と藤田嗣治の交友の歴史 1 … 出会い
    大壁画「秋田の行事」誕生、美術館の壁画に … 平野政吉と藤田嗣治の交友の歴史 3
    18年ぶりの再会、念願の美術館建設の実現 … 平野政吉と藤田嗣治の交友の歴史 4
    最後の作品「平和の聖母礼拝堂」、永遠の別れ、永遠の友情 … 平野政吉と藤田嗣治の交友の歴史 5
    藤田嗣治が助言した平野政吉美術館の採光
    発見された藤田嗣治の日記と「秋田への思い」、「秋田の行事」、「美術館建設」
    藤田嗣治画伯の「秋田の行事」はあの建物と一体になってこそ秋田の宝
    レオナール・フジタ最後の作品「平和の聖母礼拝堂」と平野政吉美術館






    藤田嗣治は、壁画「秋田の行事」が完成した当時から、美術館は、自然光による採光形式にしたいという意向を持っていた。
    1963年、平野政吉の親族に渡した美術館のイメージ図にも、壁画を大空間に展示し、上方から自然光を取り入れるよう描かれている。
    1966年5月、美術館建設の報告に訪れた平野政吉に、美術館の屋根は採光の形式にするよう、助言している。

    (参照 … 発見された「幻の藤田美術館」の設計図と、現県立美術館への藤田の助言を示すメモと手紙
    平野政吉美術館(秋田県立美術館)の採光について
    開催中の企画展「藤田嗣治の祈り 平野政吉の夢」 …… 「なぜ この美術館が閉館なのか?」という疑問

    (2015年9月)



    新県立美術館に移された「秋田の行事」を観た方々から、

    以前より展示室が狭くなった。
    「秋田の行事」が、窮屈で縮んで見える。
    階上の左右から見ることが出来なくなった。
    照明の照り返しがきつい。
    2階から見ると目線から高すぎる。3階から眺めると壁画が低すぎる。
    展示室に奥行きがなく、この壁画の迫力が全く感じられない。
    以前は圧倒するほどの存在感があったが、この絵の輝きが失われた。
    新しい建物の現代的な感じと秋田の行事が違和感ある。
    あそこへ行きさえすれば、という大きな拠り所が失われた。

    などの声が上がっています。
    (2014年2月)




     「秋田の行事」は8月31日に、平野政吉と藤田嗣治が一体となり建てた現県立美術館(平野政吉美術館)から移設されました。これは、世界に誇れる貴重な文化遺産を崩壊させる、非常に愚かな行為であり、一秋田県民として、強く非難致します。
    (2013年8月31日)



     現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、建物を活用を検討していながら、2013年6月30日で閉館扱いとなりました。
     平野政吉と藤田嗣治が一体になり、実現させた現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、後世の人々、美術愛好家、若者達、藤田嗣治ファンのためにも残すべきです。
    (2013年8月1日)



     現秋田県立美術館(平野政吉美術館)の大展示室は、「秋田の行事」のためにレオナール・フジタ(藤田嗣治)が助言したものです。
     

     ― 藤田は、「秋田の行事」を礼拝堂のような大空間で観るよう助言し、建物の上方から自然光を採り入れ、壁画に降り注ぐよう助言しました。また、壁画を床から1.8メートルの位置に上げ、両端を少しずつせり出して据え付けたのも、臨場感を狙い、藤田がこの絵に最も良い展示方法を指示したものです。藤田の理念が強く反映されている美術館、展示室は後世に伝えていくべきです。
    (2013年5月15日)


    関連記事
    平野政吉美術館の大展示室と藤田嗣治「秋田の行事」 ~ 永遠に

    秋田県立美術館(平野政吉美術館)の閉館、大壁画「秋田の行事」展示室の閉鎖及び「秋田の行事」、藤田嗣治作品の移転について
    美の巨人たち 藤田嗣治 「秋田の行事 」 ― 視聴出来なかった秋田県の方々に、一部誌上再現!
    現秋田県立美術館(平野政吉美術館)に展示されている藤田嗣治「秋田の行事」


    お薦め記事 … 郷土・秋田の文化遺産を継承する会
    ご挨拶 … 現秋田県立美術館(平野政吉美術館)を、藤田嗣治「秋田の行事」、藤田嗣治作品の恒久的な展示、鑑賞の場に
    平野政吉と藤田嗣治の交友の歴史
    現秋田県立美術館(平野政吉美術館)の丸い採光窓

    提言:新秋田県立美術館は、収蔵作品を持たない企画展に特化した美術館にすべきである。
    現秋田県立美術館の展示室が優れているこれだけの理由


    ブログランキング・にほんブログ村へ   にほんブログ村 ニュースブログ 時事ニュースへ


  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Yahoo!ブックマークに登録



  • 2011.07.18(00:25)|評論||TOP↑
    2011.07.09
     千秋公園のお堀を前景にして建てられた平野政吉美術館は、日本宮殿流れ式と言われる優美な曲線の屋根、そこに付けられた採光のための丸い窓が特徴だ。この丸い窓は、平野政吉が美術館建設の報告のため、パリ郊外の藤田嗣治を訪ねた際、藤田嗣治から直接助言されたためであることが明らかになっている。「美術館の屋根は、ランス礼拝堂のような採光の形式にしてくれ」藤田はそう平野政吉に語っている。複数の新聞、雑誌の中で平野政吉はその事実を明示している。平野政吉美術館は世界の巨匠・藤田嗣治画伯と深い関わりのある美術館である。この美術館を建物と一体である藤田画伯の作品とともに秋田の宝として、後世に伝えていくべきである。昨年の県議会において平野美術館の丸窓からの自然光が絵に悪い。だから移転が必要だという議論がされた。しかし、世界の美術館を見るとフランス、パリのルーブル美術館、オルセー美術館、アメリカ、ニューヨークのメトロポリタン美術館など自然光を採り入れている美術館は多くある。ルーブルでは、500年以上前の絵画も自然光がふんだんに採り入れられた環境の下、鑑賞されている。平野政吉美術館の館内に自然光を採り入れているのは、藤田嗣治の助言によるものだ。美術館移転の理由には到底なり得ないのである。「秋田の行事」には、藤田嗣治の最後の大作、「平和の聖母礼拝堂」に描かれたフレスコ壁画と同じ様に柔らかな自然光が降り注いでいる(注)。


    (注) 当ブログ著者が、2011年(平成23年)12月6日、平野政吉美術館にて確認したところ、美術館の屋根の丸窓から展示室に降り注ぐ自然光が、現在、設置された仕切りで遮られています。藤田嗣治が助言した自然光の採光形式にすべきと考えます。


    <お薦め記事>
    平野政吉美術館(秋田県立美術館)の採光について
    平野政吉の業績…平野コレクションと美術館
    美術館と自然光について
    平野政吉のエピソード
    平野政吉美術館と一体である藤田嗣治作品
    平野政吉美術館の移転理由は何か [新規構成]
    平野政吉と藤田嗣治の交友の歴史 1 … 出会い
    大壁画「秋田の行事」誕生、美術館の壁画に … 平野政吉と藤田嗣治の交友の歴史 3
    18年ぶりの再会、念願の美術館建設の実現 … 平野政吉と藤田嗣治の交友の歴史 4
    最後の作品「平和の聖母礼拝堂」、永遠の別れ、永遠の友情 … 平野政吉と藤田嗣治の交友の歴史 5
    藤田嗣治が助言した平野政吉美術館の採光
    発見された藤田嗣治の日記と「秋田への思い」、「秋田の行事」、「美術館建設」
    藤田嗣治画伯の「秋田の行事」はあの建物と一体になってこそ秋田の宝
    レオナール・フジタ最後の作品「平和の聖母礼拝堂」と平野政吉美術館






    藤田嗣治は、壁画「秋田の行事」が完成した当時から、美術館は、自然光による採光形式にしたいという意向を持っていた。
    1963年、平野政吉の親族に渡した美術館のイメージ図にも、壁画を大空間に展示し、上方から自然光を取り入れるよう描かれている。
    1966年5月、美術館建設の報告に訪れた平野政吉に、美術館の屋根は採光の形式にするよう、助言している。

    (参照 … 発見された「幻の藤田美術館」の設計図と、現県立美術館への藤田の助言を示すメモと手紙
    平野政吉美術館(秋田県立美術館)の採光について
    開催中の企画展「藤田嗣治の祈り 平野政吉の夢」 …… 「なぜ この美術館が閉館なのか?」という疑問

    (2015年9月)



    新県立美術館に移された「秋田の行事」を観た方々から、

    以前より展示室が狭くなった。
    「秋田の行事」が、窮屈で縮んで見える。
    階上の左右から見ることが出来なくなった。
    照明の照り返しがきつい。
    2階から見ると目線から高すぎる。3階から眺めると壁画が低すぎる。
    展示室に奥行きがなく、この壁画の迫力が全く感じられない。
    以前は圧倒するほどの存在感があったが、この絵の輝きが失われた。
    新しい建物の現代的な感じと秋田の行事が違和感ある。
    あそこへ行きさえすれば、という大きな拠り所が失われた。

    などの声が上がっています。
    (2014年2月)




     「秋田の行事」は8月31日に、平野政吉と藤田嗣治が一体となり建てた現県立美術館(平野政吉美術館)から移設されました。これは、世界に誇れる貴重な文化遺産を崩壊させる、非常に愚かな行為であり、一秋田県民として、強く非難致します。
    (2013年8月31日)



     現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、建物を活用を検討していながら、2013年6月30日で閉館扱いとなりました。
     平野政吉と藤田嗣治が一体になり、実現させた現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、後世の人々、美術愛好家、若者達、藤田嗣治ファンのためにも残すべきです。
    (2013年8月1日)



     現秋田県立美術館(平野政吉美術館)の大展示室は、「秋田の行事」のためにレオナール・フジタ(藤田嗣治)が助言したものです。
     

     ― 藤田は、「秋田の行事」を礼拝堂のような大空間で観るよう助言し、建物の上方から自然光を採り入れ、壁画に降り注ぐよう助言しました。また、壁画を床から1.8メートルの位置に上げ、両端を少しずつせり出して据え付けたのも、臨場感を狙い、藤田がこの絵に最も良い展示方法を指示したものです。藤田の理念が強く反映されている美術館、展示室は後世に伝えていくべきです。
    (2013年5月15日)


    関連記事
    平野政吉美術館の大展示室と藤田嗣治「秋田の行事」 ~ 永遠に

    秋田県立美術館(平野政吉美術館)の閉館、大壁画「秋田の行事」展示室の閉鎖及び「秋田の行事」、藤田嗣治作品の移転について
    美の巨人たち 藤田嗣治 「秋田の行事 」 ― 視聴出来なかった秋田県の方々に、一部誌上再現!
    現秋田県立美術館(平野政吉美術館)に展示されている藤田嗣治「秋田の行事」


    お薦め記事 … 郷土・秋田の文化遺産を継承する会
    ご挨拶 … 現秋田県立美術館(平野政吉美術館)を、藤田嗣治「秋田の行事」、藤田嗣治作品の恒久的な展示、鑑賞の場に
    平野政吉と藤田嗣治の交友の歴史
    現秋田県立美術館(平野政吉美術館)の丸い採光窓

    提言:新秋田県立美術館は、収蔵作品を持たない企画展に特化した美術館にすべきである。
    現秋田県立美術館の展示室が優れているこれだけの理由


    ブログランキング・にほんブログ村へ   にほんブログ村 ニュースブログ 時事ニュースへ


  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Yahoo!ブックマークに登録



  • 2011.07.09(02:01)|評論||TOP↑
    2011.07.05
     秋田市中通の再開発事業で、安藤忠雄氏設計の美術館が建設される予定とのことだ。著名な安藤忠雄氏設計の美術館と藤田嗣治作品で街のにぎわいをという目論見があるようだが、当初より、にぎわい実現効果と藤田嗣治作品を客寄せ目的に利用する動機に疑問が持たれている。秋田には、大壁画「秋田の行事」を始めとした藤田嗣治作品のために建設された平野政吉美術館がある。何故移転しなければならないのかという疑問も消えない。この計画は、地元紙によると、県庁若手職員による、藤田嗣治作品の移設展示案からスタートしているとのことだが、真相は不明である。誰かによって発案されたこの計画は、設計は始めから安藤忠雄氏と決められていたようだ。形式的には、「新県立美術館基本計画策定委員会」が設計は一流建築家がよいと提言し、再開発組合が安藤忠雄氏を提案し、知事が交渉するという筋書きで決められたが、新美術館の方向性も決まらないうちに、設計は安藤忠雄氏と決められている。また、今回秋田で予定されている建物は、2階部分屋上にプールのような水槽を造るとのこと。万が一の場合、作品に被害が出る恐れはないか。商業施設に極端に隣接する姿から、独立した美術館としての存在感がない。この建物に藤田嗣治作品を移設するのは止めるべきである。何か他の施設に目的を変更すべきだ。そのほうが平野政吉美術館との相乗効果も期待でき、にぎわい創出も期待できるのではないか。


    <お薦め記事>
    秋田の文化遺産…平野政吉美術館
    平野政吉美術館(秋田県立美術館)の採光について
    平野政吉の業績…平野コレクションと美術館
    美術館と自然光について
    平野政吉のエピソード
    平野政吉美術館と一体である藤田嗣治作品
    平野政吉美術館の移転理由は何か [新規構成]
    平野政吉と藤田嗣治の交友の歴史 1 … 出会い
    大壁画「秋田の行事」誕生、美術館の壁画に … 平野政吉と藤田嗣治の交友の歴史 3
    18年ぶりの再会、念願の美術館建設の実現 … 平野政吉と藤田嗣治の交友の歴史 4
    最後の作品「平和の聖母礼拝堂」、永遠の別れ、永遠の友情 … 平野政吉と藤田嗣治の交友の歴史 5
    藤田嗣治が助言した平野政吉美術館の採光
    発見された藤田嗣治の日記と「秋田への思い」、「秋田の行事」、「美術館建設」
    藤田嗣治画伯の「秋田の行事」はあの建物と一体になってこそ秋田の宝
    レオナール・フジタ最後の作品「平和の聖母礼拝堂」と平野政吉美術館






    藤田嗣治は、壁画「秋田の行事」が完成した当時から、美術館は、自然光による採光形式にしたいという意向を持っていた。
    1963年、平野政吉の親族に渡した美術館のイメージ図にも、壁画を大空間に展示し、上方から自然光を取り入れるよう描かれている。
    1966年5月、美術館建設の報告に訪れた平野政吉に、美術館の屋根は採光の形式にするよう、助言している。

    (参照 … 発見された「幻の藤田美術館」の設計図と、現県立美術館への藤田の助言を示すメモと手紙
    平野政吉美術館(秋田県立美術館)の採光について
    開催中の企画展「藤田嗣治の祈り 平野政吉の夢」 …… 「なぜ この美術館が閉館なのか?」という疑問

    (2015年9月)



    新県立美術館に移された「秋田の行事」を観た方々から、

    以前より展示室が狭くなった。
    「秋田の行事」が、窮屈で縮んで見える。
    階上の左右から見ることが出来なくなった。
    照明の照り返しがきつい。
    2階から見ると目線から高すぎる。3階から眺めると壁画が低すぎる。
    展示室に奥行きがなく、この壁画の迫力が全く感じられない。
    以前は圧倒するほどの存在感があったが、この絵の輝きが失われた。
    新しい建物の現代的な感じと秋田の行事が違和感ある。
    あそこへ行きさえすれば、という大きな拠り所が失われた。

    などの声が上がっています。
    (2014年2月)




     「秋田の行事」は8月31日に、平野政吉と藤田嗣治が一体となり建てた現県立美術館(平野政吉美術館)から移設されました。これは、世界に誇れる貴重な文化遺産を崩壊させる、非常に愚かな行為であり、一秋田県民として、強く非難致します。
    (2013年8月31日)



     現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、建物を活用を検討していながら、2013年6月30日で閉館扱いとなりました。
     平野政吉と藤田嗣治が一体になり、実現させた現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、後世の人々、美術愛好家、若者達、藤田嗣治ファンのためにも残すべきです。
    (2013年8月1日)



     現秋田県立美術館(平野政吉美術館)の大展示室は、「秋田の行事」のためにレオナール・フジタ(藤田嗣治)が助言したものです。
     

     ― 藤田は、「秋田の行事」を礼拝堂のような大空間で観るよう助言し、建物の上方から自然光を採り入れ、壁画に降り注ぐよう助言しました。また、壁画を床から1.8メートルの位置に上げ、両端を少しずつせり出して据え付けたのも、臨場感を狙い、藤田がこの絵に最も良い展示方法を指示したものです。藤田の理念が強く反映されている美術館、展示室は後世に伝えていくべきです。
    (2013年5月15日)


    関連記事
    平野政吉美術館の大展示室と藤田嗣治「秋田の行事」 ~ 永遠に

    秋田県立美術館(平野政吉美術館)の閉館、大壁画「秋田の行事」展示室の閉鎖及び「秋田の行事」、藤田嗣治作品の移転について
    美の巨人たち 藤田嗣治 「秋田の行事 」 ― 視聴出来なかった秋田県の方々に、一部誌上再現!
    現秋田県立美術館(平野政吉美術館)に展示されている藤田嗣治「秋田の行事」


    お薦め記事 … 郷土・秋田の文化遺産を継承する会
    ご挨拶 … 現秋田県立美術館(平野政吉美術館)を、藤田嗣治「秋田の行事」、藤田嗣治作品の恒久的な展示、鑑賞の場に
    平野政吉と藤田嗣治の交友の歴史
    現秋田県立美術館(平野政吉美術館)の丸い採光窓

    提言:新秋田県立美術館は、収蔵作品を持たない企画展に特化した美術館にすべきである。
    現秋田県立美術館の展示室が優れているこれだけの理由


    ブログランキング・にほんブログ村へ   にほんブログ村 ニュースブログ 時事ニュースへ


  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Yahoo!ブックマークに登録



  • 2011.07.05(01:12)|評論||TOP↑
    プロフィール

    akitacolumn

    Author:akitacolumn
    秋田市在住
    性別 : 男

    カレンダー
    06 | 2011/07 | 08
    - - - - - 1 2
    3 4 5 6 7 8 9
    10 11 12 13 14 15 16
    17 18 19 20 21 22 23
    24 25 26 27 28 29 30
    31 - - - - - -
    ブログランキング
    メール
    My Yahoo!
    My Yahoo!に追加
    最新記事
    全記事表示リンク
    最新記事②
    Twitter
    サイト内ランキング
    hatena bookmark
    タグ

    神奈川県立近代美術館鎌倉館 秋田 秋田市中通再開発 新秋田県立美術館 十和田市現代美術館 共存 耐用年数 秋田市 公共施設 秋田の行事 魅せられたる河 建築家 壁画 欧人日本へ渡来の図 平野政吉美術館 再開発 花鳥図 SANAA 乳白色の下地 都市公園 市民公園 金沢21世紀美術館 文化ゾーン 藤田の思い、メッセージ ニューヨーク近代美術館新館 現代アート 藤田嗣治「秋田の行事」展示館 美術館の価値 現代壁画論 眠れる女 現代日本 銀座コロンバン天井画 詩の国秋田 レオナール・フジタ 再開発事業 御隅櫓 県民の声 SANAA 入館者数 地を泳ぐ にぎわい交流館 美術館 藤田嗣治への旅 北の丸公園 秋田県 学芸員 久保田城 新県立美術館 平野政吉コレクション 秋田市中通 ルーブル美術館新館 平野政吉 巴里の横顔 ミュージカル 秋田県立美術館 現県立美術館 郷愁 秋田の全貌 市民 安藤忠雄講演会 ルーブル美術館 文化的価値 巴里の昼と夜 現秋田県立美術館 相乗効果 マドレーヌ 幻の藤田美術館 美の巨人たち 課題山積県 平和の聖母礼拝堂 歴史的建造物 千秋公園 ルーブル美術館別館 カーニバルの後 佐竹史料館 自然光 秋田駅前 (公財)平野政吉美術財団 丸窓 藤田嗣治 秋田県記念館 藤田嗣治「秋田の行事」 

    カテゴリ
    秋田の文化遺産を考える
    このブログをリンクに追加する
    リンク
    FC2ブログランキング
    フリーエリア
    Bダッシュ
    月別アーカイブ
    RSSリンクの表示
    QRコード
    QR
    お知らせ
    ※ 掲載の記事、写真等の無断転載を禁止します。