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2013.09.05
地元紙、秋田魁新報で、連日のように、藤田嗣治作の大壁画「秋田の行事」移設関係の写真を一面トップなどで大々的に報じている。9月3日には、移転した「秋田の行事」の取り付け作業が終わった写真を掲載していた。この写真を一見して、現美術館の展示室で観た時に感じた、重厚感や胸に迫ってくるようなものをまるで感じなかった。昭和12年当時の秋田の祭り、年中行事、人々の暮らしを描き出した藤田の大壁画と相性が合っていた建物と大空間、上方への広がりを感じさせる高い天井、自然光が差し込む展示室。それと比べると四角い天井は低くて圧迫感があり、この狭くなった展示室で、幅20.5メートルの大壁画の全体を観るため、引いた位置に立った時、窮屈で悠々感はないだろうと思えた。藤田が、制作直後からこだわり続けた「自然光」による壁画の鑑賞。自然光で観ると絵が立体的に見え、迫力が出ることを狙ったものだろう。新展示室では、平凡な人工照明であり、平面的に見え、軽く感じることだろう。ルーブルやオランジュリーなどが自然光を取り込んでいることを学んでいなかったのか。元より、新県立美術館は、現美術館が更新時期に来ていて、再開発地区に空き地があるからそこに新築し、藤田嗣治+安藤忠雄=観光客増加という安易な発想から出発している公共施設建設であった。安藤氏に現美術館のデザインを踏襲する要望は出されたらしいが、無視され三角形モチーフの建物になったようだ。




<お薦め記事>
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平野政吉美術館の移転理由は何か [新規構成]
大壁画「秋田の行事」誕生、美術館の壁画に … 平野政吉と藤田嗣治の交友の歴史 3
18年ぶりの再会、念願の美術館建設の実現 … 平野政吉と藤田嗣治の交友の歴史 4
藤田嗣治が助言した平野政吉美術館の採光
発見された藤田嗣治の日記と「秋田への思い」、「秋田の行事」、「美術館建設」




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藤田嗣治は、壁画「秋田の行事」が完成した当時から、美術館は、自然光による採光形式にしたいという意向を持っていた。
1963年、平野政吉の親族に渡した美術館のイメージ図にも、壁画を大空間に展示し、上方から自然光を取り入れるよう描かれている。
1966年5月、美術館建設の報告に訪れた平野政吉に、美術館の屋根は採光の形式にするよう、助言している。

(参照 … 発見された「幻の藤田美術館」の設計図と、現県立美術館への藤田の助言を示すメモと手紙
平野政吉美術館(秋田県立美術館)の採光について
開催中の企画展「藤田嗣治の祈り 平野政吉の夢」 …… 「なぜ この美術館が閉館なのか?」という疑問

(2015年9月)



新県立美術館に移された「秋田の行事」を観た方々から、

以前より展示室が狭くなった。
「秋田の行事」が、窮屈で縮んで見える。
階上の左右から見ることが出来なくなった。
照明の照り返しがきつい。
2階から見ると目線から高すぎる。3階から眺めると壁画が低すぎる。
展示室に奥行きがなく、この壁画の迫力が全く感じられない。
以前は圧倒するほどの存在感があったが、この絵の輝きが失われた。
新しい建物の現代的な感じと秋田の行事が違和感ある。
あそこへ行きさえすれば、という大きな拠り所が失われた。

などの声が上がっています。
(2014年2月)




 「秋田の行事」は8月31日に、平野政吉と藤田嗣治が一体となり建てた現県立美術館(平野政吉美術館)から移設されました。これは、世界に誇れる貴重な文化遺産を崩壊させる、非常に愚かな行為であり、一秋田県民として、強く非難致します。
(2013年8月31日)



 現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、建物を活用を検討していながら、2013年6月30日で閉館扱いとなりました。
 平野政吉と藤田嗣治が一体になり、実現させた現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、後世の人々、美術愛好家、若者達、藤田嗣治ファンのためにも残すべきです。
(2013年8月1日)



 現秋田県立美術館(平野政吉美術館)の大展示室は、「秋田の行事」のためにレオナール・フジタ(藤田嗣治)が助言したものです。
 

 ― 藤田は、「秋田の行事」を礼拝堂のような大空間で観るよう助言し、建物の上方から自然光を採り入れ、壁画に降り注ぐよう助言しました。また、壁画を床から1.8メートルの位置に上げ、両端を少しずつせり出して据え付けたのも、臨場感を狙い、藤田がこの絵に最も良い展示方法を指示したものです。藤田の理念が強く反映されている美術館、展示室は後世に伝えていくべきです。
(2013年5月15日)


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現秋田県立美術館(平野政吉美術館)に展示されている藤田嗣治「秋田の行事」


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ご挨拶 … 現秋田県立美術館(平野政吉美術館)を、藤田嗣治「秋田の行事」、藤田嗣治作品の恒久的な展示、鑑賞の場に
平野政吉と藤田嗣治の交友の歴史
現秋田県立美術館(平野政吉美術館)の丸い採光窓

提言:新秋田県立美術館は、収蔵作品を持たない企画展に特化した美術館にすべきである。
現秋田県立美術館の展示室が優れているこれだけの理由


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  • 2013.09.05(05:00)|コラム||TOP↑
    2013.08.27
    建築家・安藤忠雄氏の講演会が、昨年、一昨年に続き、三年連続で秋田市で開催されるとのことである。今度は、新秋田県立美術館オープン記念だそうだが、昨年は竣工記念、一昨年も新県立美術館の設計者ということで開催されている。テーマは一昨年が「地方都市の可能性を探る」、昨年が「生き残りをかけて街づくりを考える」、今年が「地方都市は生き残りをかけて」と似通ったものばかりのようだ。また、全国各地で開催されている講演会を見ても、「地方都市の生き残りをかけて」、「◯◯に可能性はあるか」、「生き残りを賭けて」、「可能性について」、「生き残りをかけて考える」… など類似した題目が多い。日本全国が危機的状況にあり、それ故、氏の建築、発想が必要だということか。それにしても秋田県では三年連続と異常に多い。大先生の美術館+講演会ビジネスに協力している感すらある。各地の講演会の中には、1000円の参加費用を取り、高額の講演料に充てている所もあるが、秋田県では全て無料だ。公平性を考え、参加者負担にすべきではないのか。プロボクサーなどを経験した後、独学で建築家となり、斬新さを感じさせるデザインで、世界的に評価された安藤氏だが、国内の専門家達では必ずしも高く評価されていないとも聞く。新県立美術館の三角螺旋階段は不便なだけだし、水庭越しの千秋公園の風景をわざわざ見たいとも思わない。造形美の表現なら自らの金を使ってすべきである。




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    1963年、平野政吉の親族に渡した美術館のイメージ図にも、壁画を大空間に展示し、上方から自然光を取り入れるよう描かれている。
    1966年5月、美術館建設の報告に訪れた平野政吉に、美術館の屋根は採光の形式にするよう、助言している。

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    新しい建物の現代的な感じと秋田の行事が違和感ある。
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    (2014年2月)




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    (2013年8月31日)



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     ― 藤田は、「秋田の行事」を礼拝堂のような大空間で観るよう助言し、建物の上方から自然光を採り入れ、壁画に降り注ぐよう助言しました。また、壁画を床から1.8メートルの位置に上げ、両端を少しずつせり出して据え付けたのも、臨場感を狙い、藤田がこの絵に最も良い展示方法を指示したものです。藤田の理念が強く反映されている美術館、展示室は後世に伝えていくべきです。
    (2013年5月15日)


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  • 2013.08.27(00:00)|コラム||TOP↑
    2013.08.25
    新県立美術館の美術顧問に美術史学者、美術評論家で大原美術館館長である高階秀爾(たかしなしゅうじ)氏(81)が委嘱され、美術館の設計者・安藤忠雄氏とともに記念講演も行われるとのことだ。安藤忠雄氏の講演会は3年連続であり、なぜこれ程安藤氏の美術館建設、講演会ビジネスに協力する必要があるのか疑問だ。高階氏は東京生まれだが、父親が美郷町出身で、戦時中に秋田に疎開した経験があることなどから起用されたと思われる。一方で、国立西洋美術館長や文化審議会会長などを歴任しており、官僚的立場が強い方でもあるようだ。また、昨年、美術評論家として初の文化勲章を受章され、ルネサンス以後の西洋美術史がご専門とのこと。また、ある書籍によると、高階氏は若い頃、フランス留学時に、画家・藤田嗣治に会った経験があるとのことだが、氏の著作を読むと、必ずしも藤田嗣治を高く評価している訳ではないようだ。著者の手元にある「近代絵画史」(2008年、中央公論新社)では、第二十章にエコール・ド・パリの記述があるが、藤田嗣治についての記述は、エコール・ド・パリの一人として「日本の藤田嗣治」とあるだけである。因みにユトリロ、モディリアーニ、スーティン、パスキン、キスリングについては、1ページ~5ページに亘って記述しておられる。「西洋美術史」(2010年、美術出版社)でも「エコール・ド・パリと素朴派」の項に「日本人の藤田嗣治」とあるだけであった。




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  • 2013.08.25(07:00)|コラム||TOP↑
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