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2013.04.23
 数日前の地元紙の読者欄(2013年4月19日、秋田魁新報)に、現在の県立美術館を、美術展に利用している、ある県民の声が掲載されていた。
 その方の所属する会では、30年以上に亘って、作品展示会に現県立美術館を利用していて、現美術館は、JR秋田駅からも近いし、ホールが展示会にちょうどよい広さで、作品の搬入作業も容易であるなどの長所があり、これまで通り利用できるようにしてほしいと強く訴えていた。
 現県立美術館(平野政吉美術館)の1階部分は、県民などの作品展示のためのホールになっていて、多くの県民、美術愛好者などに利用されているが、展示スペースがさほど広くないことなどから、利用者に不評なのではとの思いもあったが、実際に利用されている方々にとって、広さがちょうどよく、千秋公園の堀に面した立地場所なども含め、とても便利であり、強い愛着を持っていることを知った。
 2階、3階部分は、藤田嗣治の大壁画「秋田の行事」など平野コレクションが展示されているスペースになっているが、こちらも県内外の美術を愛好する人々に、「秋田の行事」の雄大さ、迫力、感動が伝わってくる無二の展示室である。藤田が作品を描いた時代とマッチし、その時代の空気感、匂い、音まで感じられる空間である。として好印象を持たれている。
 現県立美術館を利用する人々にとって、この美術館は、評価の高い、また愛着のある美術館なのである。
 また、以前、現県立美術館の来館者数のことを取り上げ、移転すべきと言った者もいたが、全国各地に美術館が乱立している今日、地方の美術館はどこも同じような状況にあり、入館者数については、美術館の広報活動の問題である。
 言ってみれば、現県立美術館の移転を企てたのは、美術への素養に欠ける人達であったと言えるだろう。
 その人達が、美術にさして関心もない人達のために、そういった人達が訪れるための新美術館を造ったと言えるのではないか。
 これは、ちょっと不自然なことと思う。
 多くの美術愛好者に親しまれ、今や千秋公園と一体になった景観の中にある、現県立美術館(平野政吉美術館)を、従来どおりに使用し、必要があれば改修工事を施し、大切に長く使用し続けることが最も自然なことなのではないか。
 現県立美術館の利用者、美術愛好者の声、思いを考えれば、移転は考えられないことであったはずだ。




<お薦め記事>
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藤田嗣治が助言した平野政吉美術館の採光
発見された藤田嗣治の日記と「秋田への思い」、「秋田の行事」、「美術館建設」




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藤田嗣治は、壁画「秋田の行事」が完成した当時から、美術館は、自然光による採光形式にしたいという意向を持っていた。
1963年、平野政吉の親族に渡した美術館のイメージ図にも、壁画を大空間に展示し、上方から自然光を取り入れるよう描かれている。
1966年5月、美術館建設の報告に訪れた平野政吉に、美術館の屋根は採光の形式にするよう、助言している。

(参照 … 発見された「幻の藤田美術館」の設計図と、現県立美術館への藤田の助言を示すメモと手紙
平野政吉美術館(秋田県立美術館)の採光について
開催中の企画展「藤田嗣治の祈り 平野政吉の夢」 …… 「なぜ この美術館が閉館なのか?」という疑問

(2015年9月)



新県立美術館に移された「秋田の行事」を観た方々から、

以前より展示室が狭くなった。
「秋田の行事」が、窮屈で縮んで見える。
階上の左右から見ることが出来なくなった。
照明の照り返しがきつい。
2階から見ると目線から高すぎる。3階から眺めると壁画が低すぎる。
展示室に奥行きがなく、この壁画の迫力が全く感じられない。
以前は圧倒するほどの存在感があったが、この絵の輝きが失われた。
新しい建物の現代的な感じと秋田の行事が違和感ある。
あそこへ行きさえすれば、という大きな拠り所が失われた。

などの声が上がっています。
(2014年2月)




 「秋田の行事」は8月31日に、平野政吉と藤田嗣治が一体となり建てた現県立美術館(平野政吉美術館)から移設されました。これは、世界に誇れる貴重な文化遺産を崩壊させる、非常に愚かな行為であり、一秋田県民として、強く非難致します。
(2013年8月31日)



 現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、建物を活用を検討していながら、2013年6月30日で閉館扱いとなりました。
 平野政吉と藤田嗣治が一体になり、実現させた現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、後世の人々、美術愛好家、若者達、藤田嗣治ファンのためにも残すべきです。
(2013年8月1日)



 現秋田県立美術館(平野政吉美術館)の大展示室は、「秋田の行事」のためにレオナール・フジタ(藤田嗣治)が助言したものです。
 

 ― 藤田は、「秋田の行事」を礼拝堂のような大空間で観るよう助言し、建物の上方から自然光を採り入れ、壁画に降り注ぐよう助言しました。また、壁画を床から1.8メートルの位置に上げ、両端を少しずつせり出して据え付けたのも、臨場感を狙い、藤田がこの絵に最も良い展示方法を指示したものです。藤田の理念が強く反映されている美術館、展示室は後世に伝えていくべきです。
(2013年5月15日)


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  • 2013.04.23(08:00)|未分類||TOP↑
    2013.04.16
     現在の県立美術館(平野政吉美術館)に展示されている藤田嗣治の大壁画「秋田の行事」。美術館内の展示室には、訪れた皆さんが記したノートも置かれているが、多くの人が念願の「秋田の行事」に出会えた喜び、感激、感動を綴っており、その中に若い人と思われる文字で「このカッコイイ建物が壊されるのは残念!!」と書かれた文もあった。今の若い人達は、昭和を感じさせるレトロな雰囲気を持つ、この美術館を寧ろ「かっこいい」と感じているようである。
     最近、極まれに、現在の県立美術館を解体し、更地にすべきだと主張する人達がいる。この種の人達の主張は、単純な「コスト論」によるものである。しかも、こういった主張をする人達は「秋田の行事」の良さを認識しておらず、ただ単にデカイだけの絵画であると言っているような人達である。藤田嗣治の画家人生の中で「秋田の行事」がどういう位置にあり、この絵に藤田のどんな思いが込められているのかを全く知らない人たちである。
     「秋田の行事」が、藤田の画業の中で、パリ時代の「乳白色」から多彩な色彩表現に変わった時期の重要な作品であること、臨場感を具現するために構図や展示方法に様々な、藤田独自の工夫がなされていることなどを全く知らない人たちである。
     また、これらの人達は、現在の県立美術館が完成した当時、秋田県民が如何に祝福し、世界に自慢できる美術館が出来たことを喜び、歓迎していたかも当然全く知らない。
     もちろん、作品の寄贈者である平野政吉の人柄に触れたこともない人達である。
     著者は、若い頃、平野政吉美術館を訪れた際、平野政吉に声を掛けられ、絵の説明を受けた経験を持つが、50歳代以上の秋田市民の中には、そういった経験を持つ人たちが数多くいるはずである。これらの人達は、平野政吉の思いを考れば、移転すべきではないと皆考えているに違いない。著者はこれだけのコレクションを郷土・秋田に残してくれた平野政吉に対して、尊敬と感謝の念しか感じていない。
     平野政吉が人生の最後の仕事として建て、完成後、藤田の思い、祈りが込められていることを誇りにしていたこの美術館から、魂である「秋田の行事」や平野政吉が収集したコレクションを移すことは到底考えられないことである。
     もし仮に建物に耐震補強の必要性があるのなら、現在の美術館に改修工事を施せばよいだけのことである。はじめから改修を一切考えもせず、安藤忠雄氏設計の美術館新築に走った責任を誰が取り、どう説明するつもりなのだろうか。
     更地にすべきなのは、新築された県立美術館のほうではないのか。それが出来ないならば、新県立美術館の新たな有効な利用方法を考えるべきである。



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    (2013年8月31日)



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    (2013年8月1日)



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     ― 藤田は、「秋田の行事」を礼拝堂のような大空間で観るよう助言し、建物の上方から自然光を採り入れ、壁画に降り注ぐよう助言しました。また、壁画を床から1.8メートルの位置に上げ、両端を少しずつせり出して据え付けたのも、臨場感を狙い、藤田がこの絵に最も良い展示方法を指示したものです。藤田の理念が強く反映されている美術館、展示室は後世に伝えていくべきです。
    (2013年5月15日)


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  • 2013.04.16(06:00)|未分類||TOP↑
    2013.02.25
     2月22日の地元紙の記事によると、秋田県は、現県立美術館(平野政吉美術館)の建物の活用に関する検討を秋田市に依頼しているとのことだ。

     「生涯学習課によると、県は2011年6月、秋田市との協議で、市に現美術館の活用に関する検討を依頼。その後も協議を続けており」(2013年2月22日、秋田魁新報)

     県民が周知の通り、新県立美術館の新築は、現県立美術館が老朽化し、今後10年以内に大規模改修が必要だという理由で進められた。
     しかし、現在、秋田市に対して現県立美術館の建物の活用の検討を依頼していると言う。
     このような欺瞞が許されてよいのだろうか。
     再開発地域への新県立美術館の建設が持ち上がった当初から、県や市が跡地に他の施設を新築することを目論んでいたことが分かっている。
     地元紙もわざわざ社説で取り上げ、千秋公園内の某施設の改築について「日赤・婦人会館跡地再開発など、周辺事業計画がなかなかまとまらないため、宙に浮いた状態だ」「改築と周辺事業の進展が望まれる」(2008年7月11日、秋田魁新報)と書いていた。
     こうした、秋田県、秋田市に地元メディアまで巻き込んだ、秋田県の利権構造によって理不尽な現県立美術館の移転が強引に推し進められ、平野政吉を始めとした秋田の先人が築き、P1010484_01 平野政吉美術館(6月) 800x600-2残してくれた「世界に誇れる文化遺産」を消し去ろうとしていたのだ。
     秋田の古き良き文化、街並みは、後世に伝えていくべきである。日本全国、世界中の魅力ある街は皆、古き良き文化、街並みを大切にしている。こんな分かり切ったことが、秋田市、秋田県では理解されないのだろうか。

     県立美術館を移転新築しようとした理由が、欺瞞であったことが分かった以上、現美術館から収蔵作品を移転するという計画は直ちに中止すべきであろう。




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    藤田嗣治は、壁画「秋田の行事」が完成した当時から、美術館は、自然光による採光形式にしたいという意向を持っていた。
    1963年、平野政吉の親族に渡した美術館のイメージ図にも、壁画を大空間に展示し、上方から自然光を取り入れるよう描かれている。
    1966年5月、美術館建設の報告に訪れた平野政吉に、美術館の屋根は採光の形式にするよう、助言している。

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     ― 藤田は、「秋田の行事」を礼拝堂のような大空間で観るよう助言し、建物の上方から自然光を採り入れ、壁画に降り注ぐよう助言しました。また、壁画を床から1.8メートルの位置に上げ、両端を少しずつせり出して据え付けたのも、臨場感を狙い、藤田がこの絵に最も良い展示方法を指示したものです。藤田の理念が強く反映されている美術館、展示室は後世に伝えていくべきです。
    (2013年5月15日)


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  • 2013.02.25(08:30)|未分類||TOP↑
    2012.07.09
     少し前の地元紙の「にぎわい再来」(2012年7月5日、秋田魁新報)という連載記事の中で、1967年(昭和42年)に、秋田市大町の平野家の土蔵から、藤田嗣治が制作した壁画「秋田の行事」が県立美術館に運ばれる様子を撮影した写真が大きく掲載されていた。わざわざ45年前の古い写真を一面に取り上げ、新県立美術館に「秋田の行事」を移設することを強調したいかのようであった。25万部という秋田県内一の発行部数を誇る秋田魁に大きく取り上げられれば絶大な宣伝効果があるのかも知れない。
     「秋田の行事」は縦3.65メートル、横20.5メートルの大きさがあり、5分割して運搬されたものの、現在の県立美術館に搬入する際、完成したばかりの美術館の側面を壊して中に入れたことが知られている。現県立美術館から「秋田の行事」を移設することはそのまま現県立美術館を壊すことに繋がることになる。そのようなことを安易にして良いのだろうか。
     現県立美術館(平野政吉美術館)は、藤田と平野のアイディアにより、館内の採光を考えた末、ギリシャ式柱廊と宮殿造りを折衷したデザインになっている。「秋田の行事」のための大展示室は、広さが500平方メートル、高さが18メートルある。このゆったりとした大空間で観ればこそ、壁画の大迫力を感じることができるのだ。安藤忠雄氏が設計したという新美術館の展示室は、広さ440平方メートルで、高さが推定で7メートル程度しかないようだ。現県立美術館と比較するとかなり狭い環境になり、現県立美術館と同様の迫力を感じることは不可能だろう。

     また、安藤氏の新美術館は内装が三角形をモチーフにしていると言う。現美術館の屋根が「三角屋根」だから、モチーフを継承したつもりなのかも知れないが、大きな勘違いである。
     現県立美術館は、正倉院を模した高床式、双曲線を描いた日本宮殿流れ式の屋根が特徴である。日本古来の建物の伝統的な建築美を踏襲している意匠がテーマになっており、「三角屋根」が強調されているわけではない。「三角屋根」という表現は、地元紙のコラムを書いている脚本家などが言っていただけである。現県立美術館と「三角形」は全く関連性がない。
     また、新県立美術館には「平野政吉コレクション」という表示も掲げられていると言う。公立の美術館に個人コレクションの名を併記し掲げることは、公共性から見て相応しいものなのだろうか。
     新県立美術館はあくまで県民のための県立美術館として運営され、平野政吉美術館は平野コレクションのための独立した美術館として運営される形が、最も良いのではないか。

     平野政吉が生涯を懸け、収集した藤田嗣治作品と、二人の友情と信頼関係を礎に藤田嗣治が秋田と平野政吉の為に描いた大壁画「秋田の行事」に相応しい展示、公開の場所は、平野政吉が藤田の助言を忠実に守り、情熱の全てを注ぎ込み、建てた現県立美術館(平野政吉美術館)であることは疑いようのないことだ。



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     ― 藤田は、「秋田の行事」を礼拝堂のような大空間で観るよう助言し、建物の上方から自然光を採り入れ、壁画に降り注ぐよう助言しました。また、壁画を床から1.8メートルの位置に上げ、両端を少しずつせり出して据え付けたのも、臨場感を狙い、藤田がこの絵に最も良い展示方法を指示したものです。藤田の理念が強く反映されている美術館、展示室は後世に伝えていくべきです。
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    現秋田県立美術館(平野政吉美術館)に展示されている藤田嗣治「秋田の行事」


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    現秋田県立美術館(平野政吉美術館)の丸い採光窓

    提言:新秋田県立美術館は、収蔵作品を持たない企画展に特化した美術館にすべきである。
    現秋田県立美術館の展示室が優れているこれだけの理由


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  • 2012.07.09(22:57)|評論||TOP↑
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